(レーザー関連)東北大学/汗の成分を検出するファイバを織り込んだ肌着用生地を開発

健康状態をさりげなくモニタリングすることが可能に

【発表のポイント】

  • 熱延伸技術注1により、汗の中に存在する多様な生体健康因子をセンシングできる多機能ファイバ注2のテキスタイル(生地)を世界で初めて開発した
  • この技術の活用により、私たちの日常での健康状況をさりげなくモニタリングすることが可能になると期待される

【概要】
日常生活に必要不可欠な衣服は、身体の汗などの多様な生体因子と緊密に触れ合っていることから、多様なセンシング機能を衣服に集積する技術を活用することで、私たちの日常での健康状況を、本人に意識させることなく、また周囲に知られることなく、さりげなくモニタリングすることが可能になります。
東北大学学際科学フロンティア研究所の郭媛元助教、佐藤雄一研究員、大学院工学研究科の呉京宣氏(修士課程2年)の研究チームは、汗の中に含まれる重要な生体健康因子であるナトリウム、尿酸などを高感度かつ選択的に検出・モニタリングできる多機能ファイバ・テキスタイルの開発に世界で初めて成功しました。「金太郎飴」の作製方法と似た熱延伸プロセスにより、ファイバの持つ繊細かつ柔軟な品質を維持しつつ、ファイバ中に電気化学センシングや液体注入の機能を組み合わせることで、多機能ファイバを衣服の中に織り込み、汗の多様な成分を同時にモニタリングする機能を実現しました。
今後この技術を発展させることで、私たちの心身健康状態をさりげなくモニタリングできる技術の革新につながるものと期待されます。
本研究成果は、学術出版大手シュプリンガー・ネイチャーのバイオセンサ分野専門誌『Analytical and Bioanalytical Chemistry』に2023年1月9日付で掲載されました。

【研究の背景】
私たちの日常生活に必要不可欠な衣服は、身体に密着する物であり、多様な生体因子と緊密に触れ合っています。特に、汗は重要な電解質、代謝産物、アミノ酸、ストレスホルモンなどを含んでいるため、代謝性疾患や精神的状態などと関連しています。数千年にも渡る人類の進歩の中でも、衣服は、美観や保温などの機能しか実現できていませんでした。ここ数十年の間に、主にデジタル印刷技術注3や従来のシリコン製造技術によって開発されるウェアラブルエレクトロニクスとして、布地に電子技術を組み込むことが実現されてきました。しかしそれらは、一般的には、既存の布地や肌に硬い電子パッチを直接貼り付けるもので、体に触れる面積はわずかであり、これらのデバイスがアクセスできるデータの種類は限定されていて、「ウェアラブル」というには十分ではありません。
厳密な定義では、「ウェアラブル」という言葉は、私たちが実際に身につけるもの、つまり衣服です。衣服は、繊維で編まれたテキスタイルからできていて、人体の広い面積に触れるため、重要な生体情報や周囲環境情報を大量に含んでいます。こうした背景から、人が着用している衣服の機能性ファイバ・布地自体から生体情報や環境情報を収集・分析できるように開発することが重要な課題になってきました。

【本研究の内容】

本研究では、次世代ヘルステックを担う汗の分析が可能となる多機能ファイバ・テキスタイルを開発しました。独自の技術である熱延伸プロセス(図1)を利用することで、「金太郎飴」の作り方のように、必要な構造や機能を持つ成型物(プリフォーム)を加熱しながら引き伸ばすと、スケールダウンしながら構造と機能を維持したまま、人の毛のような細いファイバを大量生産することが可能となりました。本多機能ファイバが従来の繊細かつ柔軟な品質を維持し、さらに電気化学センシングと液体注入の機能を組み合わせることにも成功しました(図2)。
汗の中の様々な化学物質を電気化学的にセンシングするため、カーボン複合材料を電極として利用しました。また、このカーボン複合材を多機能ファイバの中に集積し、高感度センシングを実現するため、新たな多機能ファイバの構造を設計し、熱延伸により製作しました。
さらに、レーザー加工技術も併用し、ファイバの中に集積した電気化学センシング電極や微小流路をファイバの側面から露出することができ、ファイバの先端のみならず側面も機能化することが可能となりました。さらに、汗の中の重要な生体健康因子、例えば電解質であるナトリウム(図3)、代謝産物である尿酸(図4)を高感度かつ選択的に検出するため、ナトリウムイオノフォア注4などの新しい感応膜を合成し、ファイバ側面に露出した電極に付与するなどの新しい表面化学修飾方法も開発し、バイオセンシング機能を実現しました。
また、この多機能ファイバを衣服の中に織り込むことで、汗をall-in-fiberで測定し、ナトリウムや尿酸など多様な成分を同時にモニタリングすることができるようになりました。このように、私たちの健康状態に関する貴重な知見をシームレスに得られることが期待されています。

【本研究の成果・意義】
本研究は光通信ファイバ用の熱延伸法を改良し、髪の毛ほどの細さを持つポリマー製ファイバに、汗センシング用バイオセンサなど様々な機能をシームレスに集積することが可能となりました。この多機能ファイバを活用することにより、スマートテキスタイルの新時代が幕を開けると期待されています。
汗センシングできる多機能ファイバから作られた衣服により、身体に密着することで、汗の中の重要な生体健康信号をさりげなくセンシングすることが可能となります。それらの情報を収集し、解析することにより、自分で身体及び精神の健康状態を管理することや基礎疾病を追跡することができるようになります。さらに、私たちの健康寿命の延長及び生活の質(Quality Of Life:QOL)を向上させることが期待されています。
繊維(ファイバ)は、歴史的に文明社会の基盤と密接な繋がりを持ち続けてきました。多機能ファイバを活用した製品が日常生活の中で普及すれば、これからも乳幼児から高齢者まで一人一人が自立して周りと助け合いながら、充実した人生を送れる活気ある「人生100年時代」の社会を迎えていくことができるだろうと期待しています。
研究代表者である郭助教は今後の展望を次のように語っています。「今後、さまざまな生体健康信号、例えば、脳波、心拍、体温なども同時に計測できるように多機能ファイバ・テキスタイルの開発を進めるとともに、メモリや無線送信機などの情報処理・転送が可能となるフレキシブル電気回路を設計・製作し、本多機能ファイバ・テキスタイルシステムと組み合わせることで、『スマート衣服』によるヒトの心身健康状態の把握を実現したいと考えております。また、私たちの体温からの熱、運動からの振動、汗からの乳酸など様々なエネルギーを電力として活用できるファイバ技術を開発し、生体発電により、フレキシブル電気回路を動作するための電力を供給し、自給自足できる『スマート衣服』技術を促進したいと考えております。さらに、脳・身体・環境からの多様な生体・環境信号を計測・操作できるファイバ・テキスタイルを新規に開発し、脳・身体・環境の相互作用のより深い理解にも貢献したいです。」
本研究は、東北大学学際科学フロンティア研究所が主体となり、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(FOREST)(JPMJFR205D)からの支援を受けて実施されました。本研究成果をまとめた論文は、バイオセンサ分野における国際主要ジャーナルである『Analytical and Bioanalytical Chemistry』のtopical collection “Young Investigators in (Bio-)Analytical Chemistry 2023” Special Issueに2023年1月9日付で掲載されました。なお、本研究は、SDGsのうち、目標3「あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を推進する」に関連するものです。

【用語説明】
注1)熱延伸技術

熱延伸技術で利用できる材料は単一の材料に限定されず、金属・複合材・ポリマーなど多種類を組み合わせることが可能である。この技術は「金太郎飴」を作る方法と似ており、最初に、必要な多種類の材料を組み合わせた大きいプリフォームという成形物を作り、これを加熱しながら引き伸ばすことによって、電気・化学・光などの機能をマイクロからナノレベルで集積した、長さ数千メートルのファイバを作製することができる。

注2)多機能ファイバ
直径100〜500 µm程度のポリマー製繊維の中に、光・電気・液体・化学・機械など、さまざまな要素を操作したり測定したりするのに必要な構造を集積したものである。

注3)デジタル印刷技術
日常生活の中によく使われているプリンタは赤・黄・青の3種のカラーインクを利用し、写真や書類などを印刷することできる。近年、金属、有機半導体、絶縁体などの機能性材料をインク化し、それを印刷することによってセンサなどの柔らかい電子デバイスを作製することが可能となった。

注4)ナトリウムイオノフォア
イオノフォアは放線菌などから得られる抗生物質や合成有機化合物で、生体膜やリポソームなどの人工脂質膜において特定のイオンに対する透過性を高める機能をもつ物質。その中でナトリウムイオンを選択的に細胞内に取り込ませるものをナトリウムイオノフォアと言う。

【論文情報】
タイトル:Microelectronic fibers for multiplexed sweat sensing
著者:Jingxuan Wu, Yuichi Sato, Yuanyuan Guo* (*corresponding author)
掲載誌:Analytical and Bioanalytical Chemistry
DOI: https://doi.org/10.1007/s00216-022-04510-9

出典:
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/newimg/pressimg/tohokuuniv-press20230116_01web_sweat.pdf

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