(レーザー関連)量子科学技術研究開発機構他/世界トップクラス超高強度レーザーの劇的な性能向上に成功!

―レーザーによる夢の超小型加速器実現へ前進―

発表のポイント

  • 超高強度レーザーを用いた実験の制約となっている光のノイズを100分の1に抑制
  • 従来のイオン加速器よりもはるかに小型のレーザーイオン加速器の実現に前進

概要
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫。以下「量研」)量子ビーム科学部門関西光科学研究所(以下「関西研」)の今亮主任技術員、桐山博光上席研究員らの研究グループと韓国の基礎科學研究院・超強力レーザー科學研究団、ドイツのドレスデン・ロッセンドルフ研究所との共同研究グループは、量研関西研の超高強度レーザー(1)装置「J-KAREN(ジェイ カレン)」(2)から発生する光のノイズ(3)成分の大幅な低減に成功し、これまで困難であった高強度場科学の実験を可能にしました。

J-KARENは、これまでレーザーシステムに様々な改良を加えて世界トップクラスの高強度・低ノイズを達成してきました。しかし、超短パルスレーザーを金属などの固体薄膜(=標的)に照射する実験では、光ノイズがレーザーパルスのピークに先んじて照射され、肝心のパルスのピークが到達する前に標的を破壊するという問題がありました。そこで、今回新たに光ノイズを除去するプラズマミラー(4)システムを導入し、レーザー条件を最適化することで、光ノイズを100分の1に劇的に改善することに成功しました。

今回、光ノイズの大幅な低減に成功したことで、これまで標的の破壊により困難であった実験が可能となります。その一つに理論的に高い効率で高エネルギーまでイオンを加速可能なレーザーの圧力を使った放射圧加速(5)が挙げられます。この放射圧加速を用いると、従来の線形イオン加速器と比べて1千万倍以上の加速勾配を作ることが出来るため、加速器の大幅な小型化につながると期待されます。さらに極めて大きな加速勾配を実現することで、従来の加速器では難しい短寿命の原子核の加速も可能となり、新たな原子核探索への応用も期待されます。

本研究は、JST未来社会創造事業大規模プロジェクト型「レーザー駆動による量子ビーム加速器の開発と実証」(#JPMJMI17A1)の支援を受け実施されました。研究成果はCambridge University Pressが発刊するオープンアクセス誌『High Power Laser Science and Engineering』に2022年8月10日(現地時間)に掲載される予定です。

補足資料
研究開発の背景と目的

通常レーザーポインターのようなレーザーは、連続光と呼ばれる時間的に一定の強さの光です。一方、高エネルギーの粒子を発生させるような超高強度レーザーは、非常に短い時間の間だけ発生するパルス状の光です(図1)。このようなレーザーパルスには、パルス前後に非常に強度の低い光ノイズが存在しますが、超高強度レーザー装置「J-KAREN(ジェイ カレン)」のような高いエネルギーを持ったレーザーでは、その出力に応じて、この光ノイズの強度も高くなります。光ノイズは、レーザーパルスよりも先に照射標的に到達するため、J-KARENの実験では、強度の高い光ノイズによる標的の破壊が大きな問題になっています(図1)。

この光ノイズを取り除く手法の一つにプラズマミラーという技術があります。プラズマミラーは、プラズマが鏡のように光を反射することを利用しています。図2のようにレーザーパルスを集光しながらガラスなどの光を透過する物質に照射するとプラズマを作れない光ノイズは、そのまま透過します。一方でレーザーパルスは、強度が高いためパルスの立ち上がりでガラス表面をプラズマ化させます。その後、レーザーパルスは自身が作ったそのプラズマによって反射されます。その結果、反射した光は光ノイズを含まないパルスだけになります。このときレーザーパルスは、非常に短い時間(~フェムト秒(6))でガラスを鏡「プラズマミラー」に変化させ、レーザーパルスと光ノイズを超高速に切り分けるシャッターとして働きます。

プラズマミラーを効率よく動作させるためには、プラズマの反射率やレーザーパルスの時空間分布等を考慮したうえでレーザーパラメータを最適化する必要があります。この条件は、元となるレーザー装置の性能によって大きく左右されるため、レーザー装置によって異なります。我々は、J-KARENにおいてプラズマミラーシステムの性能を最大限に発揮するための性能評価実験を行いました。

得られた成果
プラズマミラーシステムの性能を評価する上で重要な要素は、レーザーパルスと光ノイズの強度比(時間コントラスト比(7))と反射率です。時間コントラスト比を計測した結果を図3に示しています。プラズマミラーシステムを用いることで、光ノイズを従来比の100分の1に減少させることができました。この時のレーザーパルスと光ノイズの強度比を例えるならば、太陽から日本に降り注ぐ光(1兆ワット)と電球一個分の光の強度(100ワット)と同じになります。また、プラズマミラーにはレーザーのエネルギーを効率よく伝送する必要があるため高い反射率が要求されます。プラズマミラーの反射率を計測した結果を図4に示します。世界各国のプラズマミラーシステムの中でもトップクラスである85%の高い反射率を実現しました。レーザーの条件を最適化することにより、先行研究に比べてエネルギー損失の少ない高効率なシステムが整備できました。

今後の展開
光ノイズを劇的に低減したことによって、今まで光ノイズが問題で不可能だった実験が可能になります。その一例は、マイクロ(10-6)メートル以下程度の非常に薄い膜状ターゲットを用いた放射圧加速[1,2]によるレーザーイオン加速です。理論的に提唱されている高強度レーザーを使った放射圧加速では、既存の高周波を用いた線形加速器よりも1千万倍以上高い加速勾配(電界強度)を生成可能であるため、極めて短時間に、そして効率的にイオンを高エネルギーまで加速できます。さらに短寿命のイオン核種を高エネルギーまで加速し、崩壊前に原子核との衝突を起こすことで、天体現象でしか発生の可能性がないような、すなわち地球上では生成することができなかった新しい核種を作ることができる可能性があります[3]。また、この加速機構を用いることで量子メス(8)プロジェクトの中で進めるレーザー駆動による次世代重イオン加速器のさらなる小型化が期待できます。我々は重イオンの発生から加速、そして照射に至るまでをこれらのレーザー加速技術を駆使し、夢の超小型加速器の実現を目指します。

図5に世界中のレーザー施設におけるプラズマミラーシステムの性能を示しています。縦軸は、時間コントラストにピークパワーを乗じた値です。この値は、光ノイズとピークパワーを合わせた相対的な出力の比を示し、値が大きいほどより高強度かつ低光ノイズであることを示します。また、横軸はプラズマミラーシステムの反射率を示します。この図からシングルプラズマミラーシステムを用いたJ-KARENは100TWというピークパワーを超える世界の超高強度レーザーの中でトップクラスの性能を持っていることがわかります。今後、我々は光ノイズのさらなる低減を目指し、今回のプラズマミラー技術を2回用いるダブルプラズマミラーシステムの開発によりさらに従来の10万分の1の世界トップの低光ノイズ性能を目指しています。このダブルプラズマミラーシステムを用いて数十層の原子層の非常に薄い(<数10 nm)標的を用いた放射圧加速の実証実験を実施する計画です。

用語解説
(1)超高強度レーザー

非常に短い時間幅(ピコ(10-12)秒~フェムト(10-15)秒)と高エネルギー(J~1000J)を持ったレーザーパルスです。1985年に発明されたチャープパルス増幅技術によって、レーザーパルスの高ピーク出力化が劇的に進みました。この技術を開発したことによってジェラール・ムル氏とドナ・ストリックランド氏は、2018年にノーベル物理学賞を受賞しています。J-KARENでは2017年に1022 W/cm2、現在の世界記録は韓国の基礎科學研究院・超強力レーザー科學研究団の1023W/cm2で、物質をプラズマ化させる強度の1兆倍の強度に相当します。

(2)J-KAREN(ジェイ カレン)
ノーベル物理学賞の技術によって可能になった超短パルス超高強度レーザーシステムです。30 Jのエネルギーを30 fs(フェムト秒=1000兆分の1秒)に閉じ込めたパルス状のレーザー光を発生することができます。この時のピークパワーは1 PW(*)(ペタワット = 1000兆ワット)に達し、太陽から地球が受け取る光のパワーと同程度です。世界においていくつかPW級のレーザーシステムが稼働していますが、その中でも実際に最先端の実験にPW級のレーザーパルスを供給できる数少ないレーザーシステムの一つです。

(3)光ノイズ(プレパルス、ポストパルス)
レーザーパルスには、時間的なパルスの前後に強度の低い光ノイズ(プレパルスやポストパルスと呼ばれます)が必ず存在します。一方で近年のレーザー高出力化技術の発展によってパルスの強度が劇的に上がりました。これによって光ノイズの強度も同様に上がり、物質を破壊する強度まで上がっています。また、光ノイズは、パルス近傍数百fs~μsの非常に長い範囲にわたって存在します。その発生原因は、レーザー増幅過程や光学部品の品質、非線形光学現象など非常に多岐にわたり複雑に絡み合っています。

(4)プラズマミラー
プラズマは、物質が電離し、イオンと電子に分離された状態をいいます。正負の荷電粒子から成り、それらが相互作用しながら集団的に運動している状態です。一般には、蛍光灯の内部やキセノンランプ、オーロラなどでも見られます。プラズマがミラーのように働く現象の一例として、地球の電離層によってラジオなどの電波が反射してより遠くまで伝わっていくことが挙げられます。プラズマミラーでは、光の領域でプラズマからの反射を使って光ノイズを低減させます。レーザーパルスを集光しながらガラスなどの光を透過する物質に照射すると光ノイズはそのまま透過します。一方でレーザーパルスは、強度が高いためガラス表面をプラズマ化させ、反射されます。これによって光ノイズを含まないパルスのみの光を得ることができます。このとき減衰される光ノイズの強度はレーザーを照射する透過物質の表面の反射率に大きく依存します。そのため、通常表面には、反射防止膜がコーティングされており一回の反射で2-3桁程度低減することが可能です。

(5)放射圧(もしくは輻射圧、光圧)加速
物体の表面に電磁波(光子)が当たると圧力が働きます。これはボールが壁にぶつかるときの壁を押す力として考えることができます。ボールを光(光子)として、放射圧を壁が受ける力(圧力)として説明できます。非常に微弱ですがレーザーの放射圧は、非常に小さい物体を動かすことができるほど力を持っています。この光圧による微小物体の操作技術の応用によって、1997年にスティーブン・チュー氏、クロード・コーエン=タヌージ氏、ウィリアム・ダニエル・フィリップス氏が、2018年にはアーサー・アシュキン氏がノーベル物理学賞を受賞しています。また、放射圧は、宇宙空間における推進機構の一つであるソーラーセイルへの応用、彗星の尾の形成や大質量の恒星内部の圧力と密接に関係している物理現象です。一方で超高強度レーザーが持っている放射圧は、粒子(電子やイオン)を非常に高いエネルギーまで加速することができます。放射圧加速は、既存の高周波を用いた線形加速器よりも1千万倍以上高い加速勾配(電界強度)を生成可能なことから、粒子線加速器の小型化や高エネルギー化に利用できると期待されています。

(6)フェムト秒
フェムト秒=1000兆分の1秒

(7)時間コントラスト比
レーザーパルスの時間波形をピーク強度との比で表した値。一般的には、ピーク強度を1として光ノイズの強度がどれくらいの高さであるかを示します。時間コントラスト比が低ければ低いほど高性能なレーザーパルスです。また、時間コントラスト比は、光ノイズの強度やピーク強度の時間差などの条件よりさまざまな計測器によって計測する必要があります。

(8)量子メス(次世代小型高性能重粒子線がん治療装置)
重粒子線がん治療は、放射線によるがん治療法の一つです。この治療法は、炭素イオンを光速の約70%まで加速し、がんの病巣に狙いを絞って照射し周辺の正常細胞を死滅させることなくがん細胞のみを死滅させる最先端の放射線治療法です。量子メスは、超伝導技術や高強度レーザーによる粒子加速技術を駆使し、加速器をバレーボールコートくらいの大きさまで小型化し、複数種のイオンの照射により治療の高性能化を目指す、次世代の重粒子線がん治療装置です。

掲載論文情報
Akira Kon, Mamiko Nishiuchi, Yuji Fukuda, Kotaro Kondo, Koichi Ogura, Akito Sagisaka, Yasuhiro Miyasaka, Nicholas P. Dover, Masaki Kando, Alexander S. Pirozhkov, Izuru Daito, Liu Chang, Il Woo Choi, Chang Hee Nam, Tim Ziegler, Hans-Peter Schlenvoigt, Karl Zeil, Ulrich Schramm, Hiromitsu Kiriyama, vol.10, e25,1-10(2022), High Power Laser Science and Engineering

“Characterization of plasma mirror system at J-KAREN-P facility”

DOI: 10.1017/hpl.2022.15

参考文献
[1] T. Esirkepov, M. Borghesi, S. V. Bulanov, G. Mourou, and T. Tajima

Phys. Rev. Lett. 92, 175003 (2004)

(現在の量研関西光科学研究所で得られた成果)

[2] 原子力機構プレス発表「光の圧力で、粒子にエネルギーを限りなく与えられることを理論的に提唱-超小型粒子線がん治療装置開発に大きく前進-」(平成22年4月5日)
https://www.jaea.go.jp/02/press2010/p10040501/index.html

(現在の量研関西光科学研究所で得られた成果)

[3] 原子力機構プレス発表「光で鉄の原子核を一気に加速-光は天体現象や元素合成過程の解明に迫る新しい手段となるか?-」(平成27年3月10日)
https://www.jaea.go.jp/02/press2014/p15031001/

出典:
https://www.qst.go.jp/site/press/20220810-2.html

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