―次世代無線通信やセンシングの高機能化へ―
概要
京都大学大学院理学研究科 有川敬 助教(研究当時、現:兵庫県立大学大学院工学研究科 准教授)、田中耕一郎 教授(兼:高等研究院物質—細胞統合システム拠点 連携主任研究者)らの研究グループは、大阪大学大学院基礎工学研究科 西上直毅さん(研究当時:修士課程学生)、冨士田誠之 准教授、永妻忠夫 教授(研究当時、現:大阪大学産業科学研究所 特任教授)、ローム株式会社らとの共同研究で、共鳴トンネルダイオード1を用いた小型の半導体テラヘルツ発振器から放射されるテラヘルツ電磁波2の波形計測と制御に成功しました。
近年の半導体微細加工技術の進展により、発振回路の周波数はエレクトロニクス技術の高周波限界領域であるテラヘルツ(1秒間に1兆回の振動)帯に達しています。ところが、オシロスコープのような電子計測器ではこのような超高速振動を観測することはできず、その振動状態の変化(ダイナミクス)を計測し、制御することは困難でした。
本研究グループは、光計測技術を応用することで、共鳴トンネルダイオードから放射されるテラヘルツ電磁波の振動電場波形を可視化し、そのダイナミクスを支配する基礎理論を明らかにしました。これにより位相情報を用いた超高速・大容量無線通信やスマートセンシング技術の実現が期待されます。
本成果は、2024年7月2日(現地時間)に英国の国際学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載されます。
1.背景
次世代の無線通信技術(Beyond 5Gあるいは6G3)で超高速・大容量通信を実現するためにはテラヘルツ周波数帯の電磁波の利用が欠かせません。そのため、キーデバイスである小型の半導体テラヘルツ発振器の研究開発が世界中で活発に行われています。ところが、オシロスコープなどの電子計測器ではこのような超高速振動を観測することはできず、その振動波形(位相)を計測し、制御することは困難でした。電磁波の位相の様子は無線通信において情報伝達に利用できるほか、位相制御を行うことでビーム走査を実現することも可能です。しかし、位相を計測し、制御する技術が未発達なため、テラヘルツ発振器ではこれらの機能を実現できていない状況です。
2.研究手法・成果
本研究グループは、光技術を応用することで上記の課題を解決しました。光技術を用いたテラヘルツ電磁波の超高速計測技術はすでに確立されていましたが、半導体テラヘルツ発振器に適用することはこれまで不可能とされてきました。その大きな原因は、半導体テラヘルツ発振器の周波数揺らぎにあります。そこで本研究グループは、注入同期現象4を利用することで共鳴トンネルダイオードの発振周波数を固定して揺らぎを減らすことで、放射されるテラヘルツ電磁波の振動電場波形を計測することに成功しました(図 1)。その結果、放射されるテラヘルツ電磁波は注入同期に用いた信号とは逆の位相で振動していることがわかりました。また、この振る舞いはメトロノームのような力学系の同期現象から生物の概日リズムまで、幅広い同期現象を普遍的に記述する非線形振動子の同期理論で説明できることも明らかになりました。さらに、このことを利用し、注入同期に用いる信号の位相を操作することで半導体テラヘルツ発振器から放射されるテラヘルツ波の位相を制御できることを示しました。
3.波及効果、今後の予定
本研究により、半導体テラヘルツ発振器の位相を動的に制御する際の基本指針が得られました。今後、位相情報を利用した超高速・大容量無線通信やスマートセンシング技術の実現につながることが期待されます。
4.研究プロジェクトについて
本成果は以下のプロジェクトによる支援を受けて行われました。
・科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業 さきがけ「電子・光技術の融合による半導体テラヘルツコム発振器の創成」(研究代表者:有川敬、課題番号 JPMJPR21B1)
・科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業 CREST「時空間分布制御テラヘルツ集積デバイスシステムの創成」(研究代表者:冨士田誠之、課題番号 JPMJCR21C4)
・科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業 ACCEL「半導体を基軸としたテラヘルツ光科学と応用展開」(RD:田中耕一郎、PM:深澤亮一、課題番号 JPMJMI17F2)
・科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業 CREST「共鳴トンネルダイオードとフォトニック結晶の融によるテラヘルツ集積基盤技術の創成」(研究代表者:冨士田誠之、課題番号 JPMJCR1534)
・ローム株式会社研究公募(研究代表者:有川敬)
<研究者のコメント>
研究構想の発案から実現まで約3年を要しました。前例のない実験で、うまくいかない期間が長かったのですが、必ず実現できるはずだという信念は揺らぐことはありませんでした。多くの方々の協力を得ながら実現できた時の喜びは今でも忘れられません。エレクトロニクス技術とフォトニクス技術を融合した本研究は、電波と光の境界領域であるテラヘルツ周波数帯ならではのものです。この研究がテラヘルツデバイス研究のさらなる発展につながることを期待しています。(有川敬)
<用語解説>
1. 共鳴トンネルダイオード:
異なる半導体材料からなるヘテロ接合により形成された2つの極薄のエネルギー障壁層と、その間の量子井戸層から構成される高速動作可能な電子デバイス。量子井戸の両側の障壁層が十分に薄い構造では、井戸中の電子はトンネル効果により障壁層の外側に抜けることができる。一方の障壁から電子が入射した場合、量子井戸に形成されている量子準位に対応してもう一方の障壁を透過していく確率が入射電子のエネルギーにより共鳴的に増大する。この効果が共鳴トンネル効果であり、これをダイオードとして利用したデバイスで高速動作が可能。利得として働く負性微分抵抗特性を有し、共振回路と組み合わせることで発振動作する。大阪大学とロームの研究グループは、2011年に共鳴トンネルダイオードを用いたテラヘルツ無線通信に成功し、2019年12月には共鳴トンネルダイオードが高感度なテラヘルツ受信器として利用可能なことを見いだし、30ギガビット毎秒のテラヘルツ無線通信に成功した(2019年12月2日プレスリリース「未開の電磁波テラヘルツ波の検出感度を1万倍に向上」 https://www.jst.go.jp/pr/announce/20191202-2/index.html)
2.テラヘルツ電磁波:
およそ100ギガヘルツ(0.1テラヘルツ)から10,000ギガヘルツ(10テラヘルツ)の電波と光の中間領域の周波数を有する電磁波。電波の透過性と光の直進性をあわせもち、次世代の情報通信システムでの利活用が期待されている。300ギガヘルツ(0.3テラヘルツ)は波長1ミリメートルに相当する。
3.6G:
第6世代(6th Generation)移動通信システムの略。「高速・大容量」、「低遅延」、「多数同時接続」
という特徴を有する第5世代移動通信システム(5G)の次世代(Beyond 5G)として、2020年3月に5Gの商用サービスが開始されたのち、その研究開発が活発化している。
4. 注入同期現象:
発振器が外部からの注入信号を受けると、元々の発振周波数ではなく、その注入信号と振動のタイミングである位相がそろい、同じ周波数で発振を起こす現象。
<論文タイトルと著者>
タイトル:
Phase-resolved measurement and control of ultrafast dynamics in terahertz electronic oscillators(テラヘルツ電子発振器における超高速ダイナミクスの位相分解測定と制御)
著者:
Takashi Arikawa, Jaeyong Kim, Toshikazu Mukai, Naoki Nishigami, Masayuki Fujita, Tadao Nagatsuma, Koichiro Tanaka
掲載誌:
Nature Communications
DOI:
10.1038/s41467-024-48782-4
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科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
TEL:03-3512-3526 FAX:03-3222-2066
E-mail:presto[at]jst.go.jp
出典:
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20240702-2/pdf/20240702-2.pdf
ご参考:
(株)光響が提供する製品・サービス情報:
・テラヘルツ関連製品
・光通信関連製品
・超高精密フェムト秒レーザー加工機(光響製)
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