夏もそろそろ終わり、秋が来ればお月見の季節。というわけで月のお話をお伝えしよう。
古来より月は美人の代名詞だ。日毎に形を変える様を変わりやすい女心に例えたり、暗い夜空に控えめに輝く姿を理想の女性像に擬えたり、中東の国々では「月のように美しい」は女性への最高の賛辞だったりと、月は女性に例えられがちだ。実際、神話や言い伝えの中では月は女神であったり美女が住んでいたりすることが多く、太陽が男性格であることが大半だ。尤も、日本の場合は太陽神である天照大御神が女性で、月神である月読命が男性とされているので例外もある。とは言え、月が女性的とされるのは至極一般的だ。それはやはり、月の光ならではの柔らかさと、ツヤツヤと滑らかなその表面の美しさによるところが大きい。
が、理想というものは過大になりがち、というのもまた世の常だ。月は本当にツヤツヤツルツルで美しいのか?ウサギや蟹や美女の姿を浮かべる表側、そして隠し秘されてきた裏側の本当の姿はどんなものなのか。何しろ月が地上の我々に見せているのは表側の一面のみ。隠され続けてきた裏の顔を知ることは嬉しくもあり恐ろしくもあるが、同時に興味は尽きない。怖いもの見たさや知らずにいれば幸せだった的なものまで知りたくなるのが普遍の人間心理というものだ。
そんな人類の好奇心は科学技術の進歩によって、美しいお月様が誕生以来ずっと秘密にし続けてきた裏の顔を明らかにし、白日の下に曝け出してしまった。宇宙人、秘密基地、ウサギが搗いているのは餅か薬草か、蟹がいるのかそれとも鰐かヒキガエルか、美女や少女の姿はあるのか、遥か遠い昔から人類が憧れ見上げ続けた月の裏側の姿がコレだ。
知らなきゃ良かった。
トライポフォビアの方々は震え上がり、人の肌にたとえるなら荒れ放題にも程がある有様だ。大昔の人々の夢と憧れを見事に粉砕するこの激しいボコボコ感は隕石や彗星、小惑星の衝突等によってできた膨大な数のクレーターだ。つまり月が高速で飛来する大小様々な岩石類を受け止め続けた傷跡であり勝利の証と言っても過言ではないだろう。お月様の裏の顔は優しく麗しい美女ではなく歴戦の勇者だったわけだ。因みに、表の顔はこうなっている。
クレーターはあるが裏側よりは随分となだらかで平和な様子だ。地上から見上時に映る影の形と重ね合わせると、見慣れた月の姿が目に浮かんでくるかもしれない。
この現実を突きつけてくる超リアル月面図は、2007年に打ち上げられ2009年まで稼働していた月周回衛星「かぐや」に搭載されていたレーザー高度計による観測データを国立天文台が処理、解析したものが元になっている。レーザー高度計は「かぐや」の主衛星から月の表面にレーザー光を照射して反射した光が戻って来るまでの往復時間で距離を計測しそれを繰り返すことでリアルな月の地形を把握することに成功した。これまでは27万地点の高度に限られていた計測を677万地点まで一気に増やし月の全球を計測。しかも初めて月の極地のデータ取得も行い、月全体の正確な地形図の作成を実現したのだ。
局地の観測は2km間隔で実施された為、直径2~3km程の比較的小さなクレーターの姿もはっきりと捉えられていることに加え、月の南極にあるシャックルトンクレータの凹みや、デ=ヘルラテクレーターの内部に直径約15kmのクレーターがあることなどが初めて明らかになった。月の裏側に位置するこれらの発見は地上からの観測では見ることができない貴重なものだ。こうして作成された月の地形図は、人類の好奇心を満たすだけでは勿論無く、打ち上げられた月探査機の着陸地点の決定や、そう遠くない未来に建設されるかもしれない月面基地の建設候補地の選定等に非常に重要な役割を果たすとことになると見られている。
また、月の赤道面は地球のそれとは違い黄道面から1.5度しか傾きがなく、これまでの予測では標高の高い山は1年中日光が当たる「永久日照」、深いクレーターの底は1年中日が当たらない「永久影」なのではないかと考えられてきたが、この地形図のデータを利用して日照率を計算したところ、北極域では89%、南極域では86%の日照率だということは判明した。
つまり月には永久日照の地点は存在しないことになる。月面基地を建設する際にはエネルギー源として太陽光が非常に重要な位置を占めることになるので、日照率の高い地域がわかるということは候補地を決める上で非常に重要なポイントだ。永久影は北極・南極の両方に存在することが確認されており、こちらには氷の状態の水がある可能性が指摘され大いに期待を集めていたが、「かぐや」の地形カメラによる観測によって地表には残念ながら水氷は存在しないか、あったとしても土と混ざり合ってしまっているか、月表面の砂に覆われてしまっていることが判明している。地表に水氷がないことは残念だが、このデータも今後の探査の為の重要な情報であることは間違いない。
更に、蓮の花托か蜂の巣かという風情の月の裏側、30億年前にはその活動を終えていたと考えられてきたが、モスクワの海付近のクレーターで25億年前頃に火山活動が行われていた形跡が発見されたことも重要だ。
月の海と呼ばれる場所は内部の溶岩が吹き出して小惑星や彗星の衝突痕を覆い隠すことでできたものだ。つまり、考えられてきたよりも5億年も長く、月の裏側には熱源があり内部活動が行われていたことになる。このような月の形成から進化の過程の研究は今後も引き続き行われていくということだ。
掲載させて頂いたリアルな月面図(赤色立体図)は月周回衛星「かぐや」のレーザー高度計による観測データを国立天文台が処理•解析したデータから、国土地理院の依頼によりアジア航測の千葉達郎氏が、開発した赤色立体地図の手法で作成したものだ。国土交通省国土地理院のホームページで公開されているので、興味がおありの方は是非ともご覧になることをおすすめしたい。自由に回転させることのできる全球データは壮観だ。
月兎のついた全球儀を回転させることもできる。中秋の名月を眺めつつ人類の叡智が獲得したリアルな月を手元で回転させてみれば、文字通り2つの月のお月見が楽しめるかもしれない。
参考
* 国土交通省国土地理院
https://www.gsi.go.jp/chirijoho/chirijoho41003.html
http://gisstar.gsi.go.jp/selene/RedReliefImageMap/SnapShot200/4.jpg (図1)
http://gisstar.gsi.go.jp/selene/RedReliefImageMap/SnapShot200/7.jpg (図2)
http://gisstar.gsi.go.jp/selene/RedReliefImageMap/SnapShot200/Cesium2.jpg (図5:切取り)
http://gisstar.gsi.go.jp/selene/RedReliefImageMap/SnapShot200/Cesium3.jpg (図6:切取り)
* 国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構
http://www.jaxa.jp/article/special/kaguya/seika01_j.html
http://www.jaxa.jp/article/special/kaguya/img/seika_img03_l.jpg (図3)
http://www.jaxa.jp/article/special/kaguya/img/seika_img06_l.jpg (図4)
http://www.wanpug.com/illust/illust213.png (Top画像)
執筆者:株式会社光響 緒方