〜光の螺旋性でホモキラリティー起源に迫る第⼀歩〜
■研究の概要
千葉⼤学分⼦キラリティー研究センター豊⽥耕平助教、宮本克彦准教授、尾松孝茂教授の研究チームと国⽴陽明交通⼤学 Hao-Tse Su博⼠後期課程学⽣、杉⼭輝樹教授(千葉⼤学客員教授)の研究チームは、光渦注1)をレーザートラッピング結晶化法注2)に⽤いることで、塩素酸ナトリウム注3)のキラル結晶化において、結晶のキラリティーが制御できることを世界で初めて明らかにしました(図1)。準安定相であるキラリティーを持たないアキラル結晶から安定相であるキラル結晶へと相転移する際に光渦の螺旋波⾯に由来するトルク(⾓運動量注4))によって構造が局所的にねじれ、エナンチオ制御的にキラル結晶へと誘導することを⽰唆します。この結果は、アキラルな分⼦がキラル結晶化するメカニズムの解明に基礎的知⾒を与えるものであるとともに、光の螺旋性がホモキラリティー注5)の起源に関予する可能性を⽰唆するものです。
本研究成果は、2023年2⽉28⽇(⽶国東部時間)に、学術誌「OPTICA」にてオンライン掲載されました。
■研究の背景
物体とその鏡像体を空間的に重ね合わすことができない性質をキラリティーと⾔います。キラリティーを⽰す物質(キラル物質)は、その鏡像体と同じ化学構造を持ちながら、異なる物理的特性を持ちます。そのため、キラリティーは物質科学において、普遍的でかつ⾮常に重要な研究分野の⼀つとして盛んに研究されてきました。⽣体を構成する物質(⽣体物質)の多くはキラリティーを⽰します。⾃然界における⽣体物質は、左⼿系あるいは右⼿系の鏡像体だけが選択的に存在することが知られています。これをホモキラリティーと呼んでいます。その発⽣起源は未だ不明ですが、円偏光などの光の螺旋性が寄与している可能性が⽰唆されています。
ホモキラリティーの起源を探る⼿段の⼀つとして、キラリティーを持たないアキラル分⼦が結晶化することでキラリティーを⽰すキラル結晶化が注⽬されています(図1)。
レーザートラッピング結晶化法は、強く集光したレーザー光の勾配⼒注6)を利⽤して溶液中の分⼦の凝集体を捕捉して結晶核⽣成を誘起させる⽅法です。これまでに光源に円偏光などを⽤いた実験はありましたが、明確にキラル結晶化のメカニズムを⽰唆する知⾒は得られていませんでした。
本研究では、螺旋波⾯を持つ光渦をレーザートラッピング結晶化法の光源として⽤いたキラル結晶化を着想しました。
■研究の成果
本研究では、溶液中でアキラルな分⼦である塩素酸ナトリウムの飽和⽔溶液の気液界⾯に光渦を集光照射して結晶化を誘導しました。数分から⼗数分程度、光渦を照射し続けると結晶核が⽣成し、最初に準安定相であるアキラル結晶が現れます(図2(a))。さらに光渦を照射し続けるとアキラル結晶が安定なキラル結晶へと相転移します(図 2(b),(c))。光渦のパワー
や⾓運動量の⼤きさなどを変えながら、各条件で 30個以上の結晶を成⻑させて、結晶の鏡像体過剰率(CEE)注7)を評価しました。その結果、図3(a)のように、光渦の螺旋波⾯の⽅向に対応した鏡像体が過剰に成⻑することが明らかになりました。また、光渦の⾓運動量を⼤きくすると CEEが上昇することも明らかになりました。光渦と同じ空間強度分布を持ちながら⾓運動量を持たない軸対称偏光(図3(b))を光源として結晶化しても有意なCEEが⾒られなかったことから、光渦の軌道⾓運動量がアキラル結晶からキラル結晶へと転移するときに結晶構造を⼒学的にねじっているものと考えられます。
■今後の展望
これらの結果は、塩素酸ナトリウムのキラル結晶化において光の⾓運動量が寄与することを⽰唆しています。本研究は、光の螺旋性がアキラル分⼦を階層的にキラル秩序(キラル結晶)へと誘導することを明らかにしたもので、光の螺旋性がホモキラリティーの起源に関与する可能性を肯定するものです。また、光渦の⾓運動量をさらに⼤きくすることで、CEEをさらに向上させることも可能です。今後、溶液から直接キラルな結晶核が⽣成する化合物のエナンチオ制御的なキラル結晶化が可能になれば、ホモキラリティーの起源にさらに迫ることが可能になると期待できます。
■⽤語解説
注 1)光渦:
螺旋状の波⾯(螺旋波⾯)を⽰す光を総称して光渦と呼ぶ。光渦の波⾯中央部には位相の決まらない特異点(暗点)があるため、光渦はドーナツ型の円環強度分布をもつ。
注 2)レーザートラッピング結晶化法:
集光したレーザー光の光圧によって溶液中の分⼦の凝集体を捕捉して結晶核を誘導する。光を照射し続けることで結晶核はやがてバルク結晶へと成⻑する。
注 3)塩素酸ナトリウム:
NaClO3の分⼦式であらわされる分⼦。溶液中で分⼦はアキラルであるが、結晶化するとキラリティーを⽰す。結晶には旋光性の異なるl体とd体があり、光学的に鏡像体が簡便に同定できることからキラル結晶化実験のモデル分⼦として知られる。
注 4)⾓運動量:
光渦は1波⻑あたりの螺旋波⾯の巻き数ℓ(整数)に対応したトルク(⾓運動量)を⽰す。螺旋電場を持つ円偏光には、その螺旋電場の向き(±1)に対応するトルク(スピン⾓運動量)を⽰す。したがって、光渦は、軌道⾓運動量とスピン⾓運動量の和(J(=ℓ±1)を⽤いて表す。)をトルクとして物質に作⽤させることができる。
注 5)ホモキラリティー:
鏡像体のどちらか⼀⽅だけが偏在して⾃然界に存在していること。
注 6)レーザー光の勾配⼒:
光の圧⼒の⼀つ。光の明るさの勾配に⽐例して働く⼒で微粒⼦を光の明部へ引き込むように働く。勾配⼒によって微粒⼦は光の最も明るい部分に捕捉される。
注7)CEE:
d体とl体の結晶の個数の差分を結晶の総数で割った値で鏡像体の過剰率を⽰す。
■研究プロジェクトについて
本研究は以下の⽀援を受けて実施されました。
・科学研究費補助⾦新学術領域研究「光圧によるナノ物質操作と秩序の創⽣(⽯原⼀領域代表)」
・科学研究費補助⾦学術変⾰領域研究 A「光の螺旋性が拓くキラル物質科学の変⾰(尾松孝茂領域代表)」
■論⽂情報
タイトル:
“Chiral crystallization manipulated by Orbital angular momentum of light”
著者:
Kohei Toyoda, Hao-Tse Su, Katsuhiko Miyamoto, Teruki Sugiyama, Takashige Omatsu
雑誌名:OPTICA
DOI:https://doi.org/10.1364/OPTICA.478042
出典:
https://www.chiba-u.ac.jp/general/publicity/press/files/2022/20230301_1.pdf
ご参考:
(株)光響が提供する製品情報:光響製光ピンセットキット
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