(レーザー関連)横浜国立大学他/量子インターネットへ向けた通信波長光源と 量子メモリの長距離光ファイバ伝送による接続に成功

本研究のポイント

  • 量子インターネット構築は、量子コンピュータ大規模化やグローバル量子暗号通信実現に必須の次世代通信基盤。
  • 量子インターネットには長距離量子通信を可能にする量子中継が必要。
  • 本研究では、多重化通信用量子光源および量子メモリの 10km 光ファイバ伝送を介した接続に成功。量子中継技術につながる実証

【研究概要】
 横浜国立大学の堀切智之准教授、洪鋒雷教授(以上2名、大学院工学研究院)、伊藤洸氏、近藤健史氏、万浪香子氏(以上3名、元理工学府大学院生)らは、Jinan Institute of Quantum Technology、LQUOM株式会社と共同研究を行い、量子通信の多段化による大規模化・長距離化を実現する構成方式として有力な、量子中継機用光源を用いる構成において必須の、量子中継器用光源からの光子を10㎞光ファイバを介して量子メモリへ伝送し、保存/再生する技術開発に成功しました。通信ネットワークの完全なセキュリティへつながる量子暗号通信や、クラウド量子計算の安全な使用(ブラインド量子計算)、分散量子計算などの機能を可能にする次世代通信基盤「量子インターネット」につながる量子中継技術には、量子光源・量子メモリなどを開発・統合する必要があります。これまで、高い量子通信速度を実現し得る多重化システムにおいて、量子光源-量子メモリ間の長距離伝送は実現されていませんでした。今回の成果は、それを可能にする成果です。
 本研究の一部は、内閣府ムーンショット型研究開発事業、科学研究費補助金、JSTさきがけ、JST START, NEDO, SECOM財団の支援にて行われました。
 本研究成果は、国際科学誌「Physical Review Applied」にて 2023 年 2 月 27 日(アメリカ時間)に掲載されました。

【社会的な背景】
量子インターネットは、様々な量子デバイスをつなぐことで、分散量子計算やクラウド量子計算、そして完全なセキュリティ(量子暗号)などを提供する次世代基盤となる期待がされています。その構築に必要な量子中継器は、構成要素となる通信波長量子光源や量子メモリの開発およびそれらの統合が必要であり、高効率・高スループットでの統合が待たれています。

【今後の展開】
開発した多重化量子メモリ、量子光源を光ファイバ通信路を通じ複数統合することにより量子中継機能の実証、分散量子コンピュータ用データセンターサイズネットワーク技術実証、量子インターネット用広域ネットワーク技術実証へと進む計画です。

我々は、量子インターネットの研究開発推進団体QITFで量子インターネットの全体像や設計について学際的に議論しつつ、量子インターネットの物理系を実現する研究に取り組んでいます。

【ムーンショット型研究開発事業永山PMのコメント】
分散量子計算システムの大規模化という大目標の達成を目指すにあたり、システムを構成する量子ネットワークの多段化・大規模の実現は必須であり、中でも量子中継技術は特に重要な役割を担っています。本研究は、量子通信レートに直結する量子もつれの生成レートの向上に資する、多重化システムによるリモート接続を実証し、単純な量子中継ではなく、多重化された量子中継につながる技術を実証した点が、将来の実用に堪えうる量子ネットワークの実現に向かう大きな成果です。

【研究詳細】
量子インターネットへ向けた量子光源‐量子メモリの長距離接続を実証

<研究背景>
 量子通信は完全な情報セキュリティを保証する通信方式です。インターネットを初めとした現状の通信への付加のみならず、急速に開発が進んでいる量子コンピュータのクラウド使用の安全性保証にも必要な技術として期待されます。さらに、量子インターネットと呼ばれる量子通信ネットワークで結ばれた様々な量子デバイス(量子コンピュータから、センシングデバイスなど)は、現在の情報通信技術がインターネットなくしては語れないように、次世代の情報通信技術の基盤となる期待がされています。
 量子インターネットは、量子状態を送信するインフラという事ができます。そのための基礎が量子もつれの共有能力です。数100kmを超える光ファイバネットワークを用いた量子通信によって、この量子もつれ共有の長距離化実装が待望されていますが、長距離化には量子中継と呼ばれる技術が必要になります。量子中継は、遠方ノードにある量子メモリ間に量子もつれ(エンタングルメント)と呼ばれる量子相関を共有する手法です。
 必要な量子中継器の構成要素は、1:量子もつれ光源、2:量子メモリ、3:1と2をつなぐインターフェース技術(波長変換、周波数安定化)などです。これらの技術を単一システムで実装することが、多ノードからなる量子中継器実装に向けて必須です。また、量子通信の速度を高めるためには、現在の光通信でも使われている多重化と呼ばれる方法の導入が強く望まれます。しかしながら、量子光源-量子メモリ間をシームレスにつなぐこと、および多重化システムでそれを実現することには、量子光源や量子メモリなどの要素技術の制約により、1-3の統合が困難でありました。

<今回の成果>
 今回、研究グループは1.光共振器を用いた通信波長量子光源、2.周波数多重を可能にする量子メモリ(希土類添加物質Pr:YSO)、3.通信波長‐量子メモリ波長間の波長変換およびそれらの遷移周波数(波長)を常時安定化する周波数安定化・制御システムを開発しました。そして開発量子光源からの2光子を10 ㎞光ファイバ伝送後、波長変換した後、量子メモリへ保存・再生することに成功しました。
 量子光源は、光共振器内2光子発生によって通信波長世界最小スペクトル幅をもち、光共振器の性質によって自動的に周波数多重性をもちます。一方、量子メモリは希土類添加物質がもつ吸収スペクトルの広がりによって、その内部に多数の量子メモリとして機能するチャンネルを作成可能で、その結果周波数多重量子メモリとして動作させることが可能です。 そして、周波数多重メモリの1量子メモリ領域は光領域としては非常に狭い数MHz程度のスペクトル幅しかもちません。そこに対して、量子光源、メモリ制御レーザー、波長変換励起レーザーといった全要素を安定的に維持する技術が必要でした。本研究では、周波数基準となる光コムを開発し、その基準を用いすべての光を安定化することで、長期安定動作する長距離量子光源‐量子メモリ接続システムを周波数多重可能な量子システムとして初めて実現しました。
 今後は、今回開発システムを複数つなげる量子中継技術の実証を通じて、量子インターネットの実装へと取り組んでいく予定です。

<謝辞>
本研究は、科学技術振興機構さきがけプロジェクトNo.JPMJPR1769、科学技術振興機構 START ST292008BN、内閣府ムーンショット型研究開発事業JPMJMS226C、NEDO JPNP14012、セコム財団の支援を得て行われました。

<掲載論文>
雑誌:
Physical Review Applied

著者:
Ko Ito, Takeshi Kondo, Kyoko Mannami, Kazuya Niizeki, Daisuke Yoshida, Kohei Minaguchi, Mingyang Zheng, Xiuping Xie, Feng-Lei Hong and Tomoyuki Horikiri

題目:
Frequency-multiplexed storage and distribution of narrowband telecom photon pairs over a 10-km fiber link with long-term system stability

DOI:
10.1103/PhysRevApplied.19.024070

用語解説
1.量子
 光の最小単位である光子や、物質を構成する原子・電子などは量子である。波と粒子双方の性質を併せ持ち、量子通信においては、主に光が通信路(光ファイバーなど)伝送に用いられ、電子がメモリとして用いられる。

2.量子通信
 単一光子や量子もつれ(エンタングルメント)光子対などの量子を利用することで、安全な暗号通信が可能となる通信方式。

3.量子中継
 量子通信の長距離化には、中継技術が必要となる。量子通信に必要な光は大変微弱であり、光ファイバで送っても、距離とともに届く確率が指数関数的に減衰するからである。このため、例えば中継なしに 1000km 遠方に届けるのは困難になる。そこで、光ファイバ伝送を短い距離に区切って行い、量子メモリ物質への保存などの技術を用いて距離延長を行う量子中継技術が研究されている。

4.量子もつれ(エンタングルメント)
 多体間の量子力学的な相関。例えば2つの物体 A,B を、離れた2地点にいるユーザー1と2に片方ずつ配分した場合、ユーザー1が A を受け取れば、ユーザー2は B を受け取ったとわかる。これだけなら古典的な相関である。しかし、例えば量子もつれにある2光子があり、ユーザー1と2に分配した場合、ユーザー1が偏光板を通して出てきた光子を観察した結果水平偏光であるならば、ユーザー2が同様に偏光板を通した場合も水平偏光である。これは上の古典相関と同じであるが、加えて、彼らが円偏光状態を見た時も完全に相関が現れる。つまり、ユーザー1が、やってきた光子が左回り円偏光か、右回り円偏光かを測り、その結果右とわかった場合、同様に円偏光の測定をしたユーザー2も右と 100%の確率で結果を得る。
 このように、水平偏光で見ても円偏光でみても完全な相関がユーザー1と2の測定結果に現れるのが量子もつれの特徴的な性質である。量子もつれをまず短距離間で生成し、段々と距離を伸ばしていくのが量子中継の代表的な手法である。

5.量子メモリ
 伝送された光子の量子状態を物質中の電子スピンなどの量子状態に置き換え、長時間保存するデバイス。

出典:
https://www.ynu.ac.jp/hus/koho/29624/34_29624_1_1_230302115520.pdf

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