薬には副作用がある。
癌治療に使われる抗癌剤等は顕著な例だ。
薬は、投与されると全身に運ばれる。その為、薬を必要としている患部だけでなく健康で正常な器官にまで影響を及ぼすことになる。
この副作用のコントロールに、ナノテクノロジーの進歩が大きく貢献している。
細胞と取り囲む細胞膜に似た性質を持つ「リポソーム」というカプセルに薬を閉じ込め血中に投与すると、癌細胞のある組織に届けられるが、健康な組織には届けられにくくなる。
しかも、このリポソームはナノからミリまで大きさは自由自在に調整可能で、薬が効いて欲しいところには届くが、効いて欲しくない所には届かない、というジャストサイズに調節すれば大幅に副作用を軽減することができるのだ。
このナノテクノロジーと生物学に物理学を加えた新しいドラッグデリバリーの手法が、沖縄科学技術大学院大学で研究されている。
この研究は、神経生物学研究ユニットの研究者らがフェムト秒分光法ユニットのメンバーに、レーザーテクノロジーをパーキンソン病の治療に利用することが出来ないかと話を持ちかけたことで始まった。
パーキンソン病は、脳内のドーパミン神経の減少によって神経伝達物質であるドーパミンが十分に作られなくなることで、運動機能の調節がうまくいかなくなり、体の動きに障害があらわれる。また、精神状態にも影響を及ぼし、鬱や高齢であれば認知症を併発する場合もあり、自立神経障害を伴うことも少なくない。
研究グループはフェムト秒レーザーの精密なタイミングと強度を使って脳内のドーパミンの放出をコントロールすれば、正常な脳で行われる放出パターンを再現できるのではないかと考えた。
そして考え出されたのが、ます始めに、細胞膜と似た性質を持つリポソームにドーパミンを閉じ込め、金ナノ粒子を繋ぎとめておく。その後、フェムト秒レーザーをエネルギー源として使用し、このエネルギーが金ナノ粒子に吸収されリポソームに伝達されると、中に閉じ込められているリポソームが開いてドーパミンが放出される、という構造だ。
リポソームが開いている長さ=ドーパミンの放出量は、レーザーの強度と照射時間で如何様にも調節が可能だ。
しかも、過去の研究例との大きな違いは、レーザーが当たってもリポソームが破壊されないという点だ。その為、リポソームが内に閉じ込めたドーパミン或いは他の薬剤や化合物を、繰り返し放出できるように制御することも可能なのだ。OIST神経生物学ユニットの中野高志研究員は、「この技術だと、実際に脳内で神経伝達物質が放出される時のように1秒以下の精度で、幅広い種類の薬物を投与することができるので、神経科学研究の新しいツールになると期待しています」と、本研究の意義を語っている。
今後はこの活性化リポソームを生体組織に、その後は動物生体内へと実証を進めて行く予定だという。頭蓋骨に覆われた脳内にどのようにレーザーを届かせるのか等、気になるところは多々あるが、これからの研究の進捗を待つのみだ。
パーキンソン病はアルツハイマー病と並んで頻度の高い神経変性疾患だ。60歳以上では約100人に1人の割合で罹患し、難病にも指定されている。現在の医療技術では完治は難しい。この技術の完成と実用化を心待ちにしている人は多いのではないだろうか。
参考
*OIST 沖縄科学技術大学院大学
https://www.oist.jp/ja/news-center/news/2014/6/25/15592
https://oist-prod-www.s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/s3fs-public/photos/liposome.png (図1)
*All about PHOTONICS
*大日本住友製薬
http://www.ds-pharma.co.jp/sukoyaka/conclusion/technology/dds/index.html
*日本メジフィックス
http://www.nmp.co.jp/public/pk/index.html
執筆: 株式会社光響 緒方