概要
1.
NIMSは、レーザー積層造形(金属3Dプリンター)で作製した耐熱鋼のクリープ試験を最長1万時間実施し、積層造形法を用いることで、従来製法材に比べてクリープ寿命を10倍以上延ばせることを明らかにしました。
2.
レーザー積層造形は、金属粉末を平らに敷き詰め、その上にレーザーを照射して局所的に溶融・結合させた層を積み重ねることで、任意の形状の部材を作製する技術です。この技術により、従来の加工方法では実現が難しかった複雑な形状の部材が製造可能となり、さまざまな分野で活用が進んでいます。しかし、高温・高圧環境で長時間使用される耐熱材料の安全性を確保するために必要なクリープデータは、これまで十分に取得されていませんでした。
3.
今回、NIMS は火力発電プラントなどで広く使用されているフェライト耐熱鋼(改良9Cr-1Mo鋼)の試験片をレーザー積層造形で作製し、650 °Cで最長1万時間(約 1年2ヶ月)のクリープ試験を実施しました。その結果、積層造形材が従来製法材の10倍以上のクリープ寿命を有することを確認しました。右図に示すように、650°C -100 MPa条件下での破断時間は、従来材が400~800 時間であるのに対し、レーザー積層造形材は10,000時間を超えても試験が継続されています。
4.
レーザー積層造形材は、従来製法材(焼戻しマルテンサイト組織)とは異なり、レーザー積層造形特有の毎秒約100万°Cに達すると見積もられている超急冷凝固により凍結された高温相のδフェライトを母相とするミクロ組織を形成していました。この特異な組織構造が、クリープ寿命向上の主な要因と考えられます。
5.
現在、発電プラントの設計基準で求められる10万時間クリープ破断強度の評価を目指し、1万時間以上の長時間クリープ試験を継続しています。今後は、他の耐熱材料の積層造形材についても長時間クリープ試験を実施する予定です。これにより、優れた特性を実現する積層造形技術と長時間クリープ試験技術を活用し、信頼性データが不足している積層造形材の普及と規格化に貢献していきます。
6.
本研究は、NIMS構造材料研究センターの畠山友孝研究員、澤田浩太グループリーダー、草野正大主 任研究員、渡邊誠副センター長を中心とする研究チームによって実施されました。本研究の一部は、中部電力原子力安全技術研究所の公募研究および日本ボイラ協会のボイラー・圧力容器等研究助成の支援を受けて実施されました。
7.
本研究成果は、2024年9月18日にAdditive Manufacturing誌にオンライン掲載されました。
*物質・材料研究機構は、その略称をNIMS(National Institute for Materials Science)に統一しております。
研究の背景
レーザー積層造形は、平らに敷き詰めた金属粉末にレーザーを照射し、粉末を局所的に溶融・結合させた層を積み重ねて、任意の形状の部材を作製する技術です。この技術により、従来の加工方法では実現が難しかった複雑な形状の部材が製造可能となり、航空宇宙、医療、エネルギー産業をはじめとするさまざまな分野で活用が進んでいます。そのため、種々の既存材料に対してこの技術を適用した研究が国内外で盛んに行われています。
特に、高温・高圧環境で使用される耐熱材料においては、長期間の安全性と信頼性を確保するために、材料の強度特性、特に長時間クリープ1特性に関するデータが重要です。クリープとは、材料が高温で長時間荷重を受け続けると徐々に変形する現象を指します。この特性を正確に評価することで、発電プラントや核融合炉などの設計基準を策定する際に必要な耐久性データを得ることができます。しかし、積層造形材に関しては、これらのデータの取得が十分に進んでいませんでした。
そこでNIMSは、NIMSクリープデータシート事業で培った長時間クリープ試験技術を活用し、積層造形材の長時間クリープデータの蓄積を目指す取り組みを開始しました。この取り組みの一環として、レーザー積層造形法を用いた耐熱材料のクリープ特性向上に取り組んでいます。
研究内容と成果
フェライト耐熱鋼(改良9Cr-1Mo鋼)は、火力発電プラント等で広く使用されているほか、欧米や中国では核融合炉の構造部材として積層造形材の適用が検討されています。NIMS は、代表的な三次元積層造形手法であるレーザー粉末床溶融結合法を用いて改良9Cr-1Mo 鋼の積層造形材を作製しました。そのミクロ組織を調査した結果、δフェライト2を母相とし、マルテンサイトを含む特異な二相組織を持つことが明らかになりました(図1)。

フェライト耐熱鋼のミクロ組織は、大きく分けてマルテンサイトとフェライトの二種類に分類されます。マルテンサイトは、多くの界面や転位を含むため、室温での高強度化に寄与する有効な組織です。しかし、高温環境下では、これらの界面や転位が組織変化やクリープ変形を促進するため、長期間の使用には不利になります。
一方、フェライトは界面や転位の密度が低く、組織変化が起こりにくいため、高温環境でのクリープ耐性に優れています。このため、高温での耐久性が求められる構造材料として、フェライトを主とするミクロ組織の制御が重要視されています。
通常の鉄鋼材料では、マルテンサイトを得るためには急冷(焼入れ)、フェライトを得るためには徐冷を行うことでミクロ組織を制御します。しかし、改良9Cr-1Mo 鋼はその成分設計により、冷却速度が遅い場合でもマルテンサイトが生成しやすい特性を持つため、通常の加工熱処理ではフェライトを主相とするミクロ組織制御が困難とされてきました。
レーザー粉末床溶融結合法では、レーザー照射によって溶融した粉末が、最大で毎秒約100 万 °Cに達すると見積もられている極めて速い冷却速度で凝固します。この過程では、通常の熱処理で起こる固相変態(δフェライト→オーステナイト→マルテンサイト)が抑制され、高温相であるδフェライトがそのまま凍結されます。本研究では、レーザー積層造形の”超”急冷を活用することで、改良9Cr-1Mo鋼においてフェライトを主相とするミクロ組織制御に成功しました。
このレーザー積層造形材のクリープ特性を評価するため、650°C で最長で1万時間(約1年2ヶ月)のクリープ試験を実施しました。その結果を、NIMSクリープデータシート事業で取得した従来材のデータと比較したところ、積層造形材が従来材の 10 倍以上のクリープ寿命を有することが明らかになりました(図2)。

図2 の左図は、応力とクリープ破断時間の関係を示しており、650 °C -100 MPa 条件下での破断時間は、従来材が400~800時間であるのに対し、レーザー積層造形材はその10倍以上の10,000時間を超えても試験が継続されています。また、右図はクリープ速度と時間の関係を示しており、最小クリープ速度について、650 °C -100 MPa条件下では、従来材が10-4 h-1程度であるのに対し、レーザー積層造形材は10-6 h-1程度と、100分の1程度に抑えられていることが確認されました。
このクリープ寿命の向上には、積層造形特有の特異な組織形成によって得られたδ フェライトと、その粒界に密に析出したMX 炭窒化物(Mは主にバナジウム、ニオブ、Xは炭素、窒素)が寄与していると考えられます。これにより、クリープ中の組織変化が抑制され、高いクリープ耐性が実現したと推測されます(図3)。

現在、改良 9Cr-1Mo鋼造形材を対象とした発電プラントの設計基準に求められる 10万時間クリープ破断強度の評価を目指し、1 万時間以上の長時間クリープ試験を継続しています。今後は、積層造形技術と長時間クリープ試験技術を活用し、信頼性データが不足している耐熱材料の積層造形材の長時間クリープ試験を実施します。これにより、積層造形材の普及および規格化を加速させるために必要な高精度なクリープ寿命評価技術を確立していきます。
さらに、特性が向上した積層造形材の実用化が進むことで、火力・原子力発電プラントの効率と信頼性の向上が期待されます。このような取り組みを通じて、エネルギー分野における持続可能な発展にも大きく寄与すると考えられます。
掲載論文
題目:
Significant creep-strength improvement in modified 9Cr-1Mo steel via microstructural control through laser powder bed fusion
著者:
Tomotaka Hatakeyama, Kota Sawada, Masahiro Kusano, Makoto Watanabe
雑誌:
Additive Manufacturing(DOI: 10.1016/j.addma.2024.104445)
掲載日時:
2024年9月18日
用語解説
(1) クリープ
高温環境下で金属材料に荷重がかかると、時間の経過とともに徐々に塑性変形が進行する現象を指します。この現象は、特に発電プラントや航空機エンジンなど、高温での長期間使用が求められる部材において重要です。クリープ試験とは、このクリープ変形の挙動を評価するための試験です。高温に加熱した試験片に一定の荷重をかけ、その変形量を破断するまで記録します。この試験により、材料のクリープ寿命やクリープ破断強度が評価されます。
(2) δフェライト
鉄は温度に応じて結晶構造が変化します。具体的には、高温側から順に体心立方構造(δフェライト)→面心立方構造(オーステナイト)→体心立方構造(αフェライト)へと変化します。δフェライトは、液相から晶出する高温側のフェライト相を指します。一方、低温側で安定するフェライト相はαフェライトと呼ばれます。両者を区別するため、高温で形成されるフェライト相を特にδフェライトと呼びます。
本件に関するお問い合わせ先
(研究内容に関すること)
NIMS 構造材料研究センター クリープ特性グループ
研究員 畠山 友孝(はたけやま ともたか)
E-mail: hatakeyama.tomotaka@nims.go.jp
TEL: 029-859-2570
URL: https://rcsm.nims.go.jp/about/organization-member/member02/page000047.html
(報道・広報に関すること)
NIMS 国際・広報部門 広報室
〒305-0047 茨城県つくば市千現1-2-1
E-mail: pressrelease@ml.nims.go.jp
TEL: 029-859-2026, FAX: 029-859-2017
出典:
https://www.nims.go.jp/press/2024/11/na6etc000000956n-att/202411210.pdf
ご参考:
(株)光響が提供する製品・サービス情報:
・超高精密フェムト秒レーザー加工機(光響製)
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