古来より多くの人々がロマンや冒険心をくすぐられてきた場所、というのがあると思う。それは、宇宙だったり海だったり山だったり、或いは暗く深い洞窟であったり鬱蒼としたジャングルであったりする。そのいくつかは既に踏破され、更にいくつかは今現在様々な知識を結集して探査中だ。宇宙などは良い例だろう。世界各国がこぞって宇宙に纏わる研究を進めている。
だが、遥か彼方の宇宙空間よりももっと身近で日々の暮らしに密接な関係を持ちながら、未だ多くのことが謎に包まれている、ロマン溢れる場所が地球上に残されていることをご存じだろうか。
『海』だ。
殊に『深海』と呼ばれる場所である。
2015年、海洋開発研究機構(JAMSTEC)は自立型無人探査機(AUV)搭載式3Dレーザースキャナを用いて、伊豆大島南方20kmの大室ダシ・大室海穴内部にある海底熱水噴出地域の3D可視化に成功したと発表した。これは、内閣府が進める戦略的イノーベーション創造プログラム(海のジパング計画)の一環として行われたものだ。
AUV「おとひめ」に3Dレーザースキャナを搭載し、大室海穴内部を高度保持しながら自律航行することで、数十cm規模のチムニー(熱水の成分がして形成される煙突状の構造物)や熱水が噴き出す様子などを、鮮明に可視化することに成功した。この可視化技術により数cm単位の幾何学情報の取得にも成功し、これは従来の深海探査技術では不可能だった「測る」という行為が可能になったという証明でもあるのだ。
AUVを使用した海中レーザースキャニングによる海底熱水噴出地域の3D可視化の成功は世界初の快挙でもある。
図1
図2
従来、海底探査は、水中での減衰が少ない音波を使用する音響観測技術が用いられてきた。潜水艦のソナーや、魚群探知機を想像してもらえば分かりやすいかと思うが、この技術は広範囲を効率よく観測できる一方で、高精度な観測に適しているとはいえず、生物や詳細な地形などのデータ収集にはカメラでの撮影に頼らざるを得なかった。しかし、使用されていた光学カメラは、海中では光の減衰が激しく、撮影範囲は当然ながら狭くなり、極めて近距離で撮影することになる。その為、海底熱水噴出地域のような地底が起伏に富み、凹凸の激しい場所では、搭載されたAUVの航行に危険が伴う可能性が捨てきれず、詳細なデータを取ることが困難なことが現状だった。
それを打破すべく、両者の短所を補って開発されたのが「海中3Dレーザースキャナ」だ。
今回開発された海中3Dレーザースキャナは、10m離れた目標に、横36m×縦14mの範囲でレーザー光を照射し、反射光の戻り時間と強度を測定して照射範囲の海底面3Dデータを数cmオーダーの分解能で取得することが可能だと言う。また、レーザースキャニングではスキャニングした対象の全視野での三次元位置情報を取得できる為、対処の体積を求めることも可能だ。
今回はあくまでも実験だったので、基本性能の確認の為、水深約100mを高度5~7mで航行してレーザースキャニングを行い約150mの海底面の3Dデータを取得したが、今後は、より機能が発揮されやすい深海での航行を予定しているという。
海洋の平均深度は3800m、水深1000mを超える海域は海洋面積の88%、体積では75%にもなる。水深200m以上を深海と定義するならば、面積では92%、体積では99%、ほんの僅かを残し、海の全てが深海であると言っても過言ではない。島国日本にとっては古来より慣れ親しんだ海が、未だその海底のほとんどを知られていない、というのは、何とも冒険心をくすぐられるではないか。
夏休み、海水浴、海釣りにクルージング。楽しいことを連想することが多い海だが、文字通り表面でなく、その底の底を知れるのはそう遠い先の話ではないのかもしれない。期待しつつ待ってみるのも良いだろう。
参考
*JAMSTEC 国立研究開発法人海洋研究開発機構(図1,2)
「執筆者:株式会社光響 緒方」