年月を経たものはいずれ風化し崩れ落ちていくものだ。それは不可避の現実だが、それをどうにか留め記憶と記録に残そうとするのは人の意思であり技術である。
従来、調査した遺跡の記録はスケッチや写真撮影、測量などによって行われてきた。しかしそれだけでは詳細で正確なデータを取得するのは非常に困難で、大まかな情報を残すことしか出来なかった。
遺跡はいつまでもそのままの姿でそこにあるという保証は無く、現に2011年にはイタリア南部に位置するポンペイで「剣闘士の家」「道徳家の家」が大雨による浸水で相次いで全壊し、パキスタン南部のインダス文明最大の都市遺跡モヘンジョダロは塩害と高温、紛争による破壊を警戒して、2017年に埋め戻しが決定されている。エジプトでも1992年にジョセル王の階段ピラミッドが地震によって崩落し、かの有名なスフィンクスも塩害により専門家によれば100年以内に首が落ちるのではないかと言われている。
現状のままでは残せなくなるかも知れない遺跡の詳細を後世に伝える為に、また、実際にそうなってしまった時には修復が可能なように、遺跡を3Dスキャンし、デジタル保存する、という動きが世界各地で広まりつつある。
3Dスキャナーの計測方法は大まかに3つに分けられる
①三角法方式
ラインレーザーを対象物に交差させて照射し、反射光で三角法を使って距 離を計測する。有効範囲は数m。比較的近距離、小型の対象物計測に適する。
②タイム・オブ・フライト方式
対象に照射したレーザー光の往復時間と照射方向で距離と角度を計測し、三次元座標データを取得。数百~数千m範囲の計測が可能。広範囲の遺跡や大型建造物、山林等に適する。
③フェイズシフト方式
複数の異なる波長でレーザー光を照射し対象物から反射してシフトした位相差で距離を測定する。150m前後が有効範囲。高精度かつ高速でのデータ取得が可能。
遺跡の3Dスキャンの現場ではこれらを状況状態に合わせて効率良く使用して行く事になる。都市の遺構は場所によってはモヘンジョダロのように、かつては数万人規模が居住した広大な都市である為、タイム・オブ・フライト方式のような広範囲の計測が不可欠となる。或いはアンコールワットのように周辺の森林をスキャンすることで、未発見の更なる遺構が発見されることも増えている。
また、細密な彫刻や石仏を有する遺跡に関しても、デジタル化は進められており、インド北西部のラキ・ニ・バブ(女王の階段井戸)のような幾層にも重なる繊細な彫刻群等のスキャンが実施されている。
図2
図3
実際、歴史的遺物のデジタル保存は急務となっている。特に紛争地域における遺跡の破壊、損傷は続いており、2001年のタリバンによるバーミヤン大仏の爆破、2015年にはISISによる古代アッシリア遺跡ニムルド、パルティアのハトラ遺跡の破壊等、既に失われた物は多い。シリアには新石器時代の集落跡から中世に建立されたモスクまで大小様々な遺跡6500点あまりが確認されているが、ISISによる破壊への懸念と共に、政府の統制が機能しないことによる盗難、盗掘の危機に瀕している。更に、リビアにおいてもカダフィ政権崩壊後の内戦状態が続き、2016年7月にガダミスの旧市街他計3カ所が損壊の可能性が高いと、世界危機遺産リストに追加されている。
図5
そう言った危機的状況にある遺跡に対し、意図的に破壊される前にデジタル保存し、破壊された場合に復旧できるようにとデジタル保存を進める団体もあり、積極的に記録を進めている。
NGO団体CyArkによると、遺跡の規模やキャプチャの解像度にもよるが、遺跡のスキャンにかかる時間は1日から3日、大型の遺跡では2週間前後となる。発見される危険がある為、ドローン等は使用できないが、それでも比較的短期間で終えることができ、人員に関しては2名(カメラ担当1名、スキャナー担当1名)を配備すれば、ほぼ秘密裡に遺跡全体を記録することが可能になっている。また、地元の建築士や測量士、考古学者や文化遺産関連の専門家とも連携し、地域の歴史を保存するツールの提供も行い、遺跡の記録に関しても現地から希望者を募り、トレーニングし、技術を身に着けてもらうことで、持続可能なプログラムとなるよう活動を進めているという。
作り上げるのは困難で時間を要し、破壊するのは容易で一瞬だ。人為的な破壊であれ、自然災害や風化による崩落であれ、失われるかもしれない価値ある歴史を、最新技術を用いて少しでも多く記録し残して行ってほしいものだ。
参考
*http://img.4travel.jp/(図1)
*CyArk
http://cyark.org/(図2−4)
*https://assets.bwbx.io/(図5)
*https://ichef.bbci.co.uk/(図6)
*三次元測定徹底ガイド
http://3dsokutei.jp/
*Redshift
https://redshift.autodesk.jp/cyark/
*NATIONAL GEOGRAPHIC
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20131122/374589/
「執筆者:株式会社光響 緒方」