現代の医療技術では治療不可能な病を患った人々が、いつかの未来に治療法が確立することを夢見て身体を凍らせて保存する、人体冷凍保存。まだまだ研究段階にあるこの技術に、大きな進展があったことが発表された。
図1
人体の冷凍保存は、希望者の死亡直後から開始される。人間の体は心血液の循環が止まると虚血による細胞の崩壊が始まる。しばらくしてから心臓を再度動かしたとしても、その場合は再還流傷害が現れる為、出来るだけ速やかに冷凍処置を開始することが必要不可欠だ。
人間の体を冷凍保存するプロセスを説明すると、氷水に浸けた身体に人工呼吸器と血液循環気を付け、肺を動かすことで血液を循環させる。(これで蘇生するわけでは勿論無く、身体の腐敗を防ぐために循環させる)。次に人体機能を抑制する薬剤と麻酔薬を血管から投与し、血液を循環させながら保存液と入れ換えていく。そして、液体窒素を使って徐々に体温を下げ、一週間かけて生体活動が完全に停止する-196℃まで冷却する。
このようなプロセスを経て、人間の体を冷凍保存するわけだが、問題は解凍時だ。
水は凍結すれば膨張し、膨張した水分は細胞膜を破壊する。細胞が破壊されれば生きた状態で解凍することはできない。卵子や精子の凍結保存は既に行われているが、それはタンパク質レベルの話であって、臓器や脳の保存に成功した例は未だ皆無となっている。
凍結防止の保存液と血液を入れ替えているとはいえ、体中の全ての水分を交換することは事実上不可能だ。冷凍したフルーツを解凍した時や、解凍した肉からでるドリップと呼ばれる水分を思い浮かべれば分かりやすいかもしれない。解凍時に時間がかかればかかるほど氷結晶の体積は増加し、細胞組織は破壊される。その為、大きさのある人体や哺乳類等ではますます困難になるのだ。
では、どうすれば良いのか。
現在研究段階にあるこの問題に、一つの解決策の手掛かりを見出したのは、アメリカ・ミネソタ大学の研究チームだ。彼らは、これまで使用されていた凍結防止剤に金ナノロッドを追加し、ゼブラフィッシュの胚に投与し、-196℃に冷却する、という方法をとった。そして、解凍時に胚に対しパルス幅1msの波長1064nmのレーザーパルスを照射すると、金ナノロッドが熱を伝導し急速に解凍されることが証明された。この方法で凍結・解凍されたゼブラフィッシュの胚は、そのうちの約10%が通常の成長を遂げている。
僅か1割、と感じるかもしれないが、これまでの結果は0%だ。この差はすさまじく大きい。不可とされていたものを可の側に傾けたのは、今後の人体凍結保存技術への大きな成果と言えるだろう。
図2
まだまだ人体に適用できるには程遠い段階だが、この結果を基にさらに研究を進めて行けば脊椎動物に対しての応用も可能だろう、と大きな期待と注目を集めている。
人体凍結保存に関しては世界中で賛否両論の声が上がっている。
蘇生の為の技術が確立されず数百年というような時間がかかった場合、その間も確実に身体の保存は行われるのか。また、仮に蘇生できたとして、家族や友人が生存していなかった場合の生活や保障はどうするのか。また、現在設立されている人体凍結保存の会社に対して杜撰な管理体制が内部告発されている例もある。
現段階では良いとも悪いとも言い難いが、この技術が確立されるということは、コールドスリープが実現するということだ。
SF映画や小説に出てくるこの技術があれば、遥か彼方の探索に際し、食料等の物資やライフラインの削減、長期に渡る航行の間の精神的ストレスからの解放等、様々な面でのメリットが期待されている。
今回の発表で大きく一歩前進したとはいえ、未だ研究段階であり実用化までは長い道のりを残してはいるが、実現すれば世界の在りようが変わるかもしれない。どのような進展をみせるのか見守っていきたい技術である。
参考
*図1
http://img.f.hatena.ne.jp/images/fotolife/g/gibe-on/20160621/20160621230702.jpg
*カラパイア(図2)
http://karapaia.com/archives/52243715.html
*ACS NANO
http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/acsnano.7b02216
*excite News
http://www.excite.co.jp/News/odd/Tocana_201708_post_14046.html
*GIBEON
http://www.gibe-on.info/entry/cryonics/
*WIRED
https://wired.jp/2002/07/10/%E9%81%BA%E4%BD%93%E3%81%AE%E5%86%B7%E5%87%8D%E4%BF%9D%E5%AD%98%E3%81%B8%E3%81%AE%E6%9C%9F%E5%BE%85%E3%81%A8%E7%8F%BE%E5%AE%9F/
「執筆者:株式会社光響 緒方」