光をあてるとみるみる傷が治っていく。ファンタジーの魔法やSFの科学技術なんかでよく見かける定番の光景だ。魔法は使えないにしても傷口再生装置とでも言うべき科学技術があれば、医療業界も治療を受ける患者側もこんなに嬉しいことは無い。そんな夢の技術が現実のものになりつつあることをご存知だろうか。
米・アリゾナ州立大学コーシャル・リージ氏らが開発中のその技術は、シルクタンパク質と金ナノ粒子を合わせた素材にレーザーを照射して傷口をふさぐ、というものだ。蚕の繭から精製されたフィブロインというシルクタンパク質は人間に皮膚に含まれるコラーゲンと結合する性質を持っている。そのフィブロインで金ナノ粒子を埋め込めこんで傷を覆う。そこに皮膚を傷つけずに金ナノ粒子を加熱できる近赤外線レーザー(800nm)を照射してフィブロインと皮膚を活性化させ、結合させることができるのだという。つまり、フィブロインと金ナノ粒子で強力な絆創膏を作り、それを剥がれないようにレーザーで定着させる、と考えれば良いだろう。
研究者たちは先ずサンプルとして用意した豚の腸に付けた傷の上記の方法を使用したところ、従来の縫合や接着テープの場合よりも7倍もの強度を保つことが判明し、傷の無い健康な箇所と同様の働きをすることが確認された。更に、1cm程の切り傷を付けたネズミの皮膚にフィブロインと金ナノ粒子の水溶性密封剤を使用した実験では、開始から2日後まで、縫合や接着剤よりも極めて高い強度があることも確認されている。しかも、レーザーによる処置は4分程しかかからず縫合よりも遥かに短時間で処置を終えることができる上に、使用されているレーザーは痛みを感じさせるようなレベルの物では無いので、苦痛を与えることが無く、麻酔も必要無い。そして、実用化レベルに達した場合でも高額化することが無く、比較的良心的な価格な医療技術として提供が可能になる見込みで、医療業界への大きな貢献が期待されている。
近赤外線はリモコンや赤外線カメラなどに使用されている割と身近なものだ。深達度、指向性が高くピンポイントに高い出力密度で照射することが可能な為、医療用として眼科医療等に広く使われているレーザーだ。研究者たちは、体組織の奥まで浸透しやすいこのレーザー技術を、熟練の技術を必要とする体の深部にある傷の治癒・縫合に使えないか、と研究を進めている。引き続き行われている実験では生きたマウスに処置を施し、その経過を観察している段階だ。この成果を確認後、豚で実験を行い、最終的には人間に対する臨床試験に臨む予定だという。
皮膚であれ内臓であれ早く傷をふさぐことができればそれだけ患者にかかる負担は軽減される。既存の縫合や接着剤、保護シールは修復箇所での漏れが起こったり、組織の回復が遅れたりしてしまうということがあり、早急なに切開部や傷口をふさぐことは必須事項だ。痛みが無く強度が高く、しかも高額ではないというこの技術、今後の進展に注目は必至だ。
参考
*IEEE SPECTRUM
https://spectrum.ieee.org/the-human-os/biomedical/devices/star-treklike-tech-seals-wounds-with-a-laser
https://spectrum.ieee.org/image/MzE3MTA4OQ.jpeg (図1)
https://spectrum.ieee.org/image/MzE3MTAwNA.jpeg (Top画像)
*Gigazine
https://gigazine.net/news/20181115-tech-seals-wounds-laser/
執筆者:株式会社光響 緒方