(レーザー関連)理化学研究所/世界最高出力のアト秒レーザー/-アト秒パルスによる微細イメージングやナノ加工へ道筋-

理化学研究所(理研)光量子工学研究センター超高速コヒーレント軟X線光学研究チームの高橋栄治チームリーダー(開拓研究本部高橋極限レーザー科学研究室主任研究員)、アト秒科学研究チームのビン・シュエ基礎科学特別研究員らの研究チームは、従来の100倍以上のピーク出力を持つギガワット(GW、1GWは10億ワット)級の「アト秒レーザー[1]」の開発に成功しました。

本研究成果は、アト秒(100京分の1秒、10-18秒)パルスを用いたナノ加工、イメージング技術などの実現に貢献すると期待できます。

今回、研究チームは、波長の異なる3色のフェムト秒(1000兆分の1秒)レーザーパルスを時空間で精密に合成して発生した「光シンセサイザー[2]」と、理研独自の「高次高調波[3]エネルギースケーリング法[4]」を組み合わせることで、パルス幅226アト秒、パルスエネルギー0.24マイクロジュール(μJ、1μJは100万分の1ジュール)、ピーク出力1.1GWの高強度アト秒レーザーの開発に成功しました。同時に、光シンセサイザーの電場形状を精密に制御することで、発生するアト秒レーザーのパルス波形をコントロールすることにも成功しました。

本研究は、米国光学会のオンライン科学雑誌『Optica』(3月23日付)に掲載されました。

背景
高強度光科学は、極めて強い光の場と物質の相互作用を取り扱う研究分野として、これまでさまざまな応用分野を切り拓いてきました。中でも、代表的なのが「高次高調波発生[3]」と呼ばれる波長変換法を用いた「アト秒レーザー」の開発です。アト秒(100京分の1秒、10-18秒)パルス発生は、2018年ノーベル物理学賞の受賞対象となったレーザー技術(超短パルス光の増幅方法)において、最も注目される応用として紹介されており、新しい極限レーザー光として世界各国で盛んに研究されています。アト秒という極めて短い時間に「一瞬だけ光る」レーザーをストロボのように使うことで、「原子・分子内で動き回る電子の動き」を観測できますが、アト秒レーザーの出力は大変低く、光源利用ができる応用は吸収分光法[5]などの基礎科学分野に限られています。

高橋栄治チームリーダーらは、アト秒レーザーをナノ加工やイメージングなどの幅広い光科学分野に利用展開することを目指して、「光シンセサイザー光源」を用いたアト秒レーザーの高出力化手法の開発に取り組んできました。2015年には光シンセサイザーを実現するための基本技術となる電場制御法の特許を取得し注1)、2020年にはその特許技術を生かし、アト秒レーザーを発生するための励起光となる2.6テラワット(TW、1TWは1兆ワット)のピーク出力を持つ高強度光シンセサイザーの開発に成功しました注2)。

注1)2015年11月6日知的財産情報「高強度・低繰り返しレーザー光の電場位相を固定する技術
注2)2020年4月18日プレスリリース「強力なアト秒パルスを作り出す光シンセサイザーを実現

研究手法と成果
研究チームは、高強度光シンセサイザーと理研独自の「ルーズフォーカス法[4]」と呼ばれる高調波エネルギースケーリング法を組み合わせることで、従来比で100倍以上のピーク出力を持つギガワット(GW、1GWは10億ワット)級のアト秒レーザー、さらにアト秒レーザーの高機能化のために光シンセサイザーの電場波形制御を利用してアト秒パルスの時間幅を可変化する手法を開発しました。

実験では、光シンセサイザーからの出力パルスをルーズフォーカス法に従って、4mの長焦点光学系でセル内に充填されたアルゴンガスに集光し、アト秒パルス(高次高調波)を発生させました。その際、アルゴンガスの媒質長を10cmまで長くし、またガス圧力を調整して最適位相整合技術[6]により発生条件を65エレクトロンボルト(eV)付近に最適化することで、最大で0.24マイクロジュール(μJ、1μJは100万分の1ジュール)までアト秒パルスを高出力化しました。

得られたアト秒パルスの時間幅を、アト秒ストリーク法[7]により評価しました。アト秒ストリーク法はアト秒パルスの時間幅評価法として最も一般的ですが、光電子にエネルギー変調を与えるために使用するフェムト秒(1000兆分の1秒)レーザーパルス(波長800ナノメートル[nm、1nmは10億分の1メートル])のキャリアエンベロープ位相[8]を安定化させる必要があるため、これまでは1キロヘルツ(kHz)以上の高繰り返しレーザー光だけで使用されてきました。しかし、今回、光シンセサイザーにおける電場の安定化技術を用いることで、10Hzの低繰り返しレーザー光でもアト秒ストリーク法による評価が初めて可能になりました。

図1aに、アト秒ストリーク法により得られた光電子スペクトログラムを示します。横軸の時間に対して縞模様に見える周期が、光電子にエネルギー変調を与える800nmレーザー光の電場周期に対応しています。この光電子スペクトログラムを計算から再構築した光電子スペクトログラムが図2bであり、再構築する際のパラメータからアト秒パルスのパルス波形を決めることができます。

図2に、アト秒ストリーク法により評価されたアト秒レーザー光のパルス波形と位相、スペクトル波形とスペクトル位相を示します。アト秒ストリーク法から得られたスペクトル波形が、実験で計測されたスペクトル波形をよく再現していることが分かります(図2b)。アト秒レーザーのパルス幅は226アト秒であり、得られたパルスエネルギーとパルス幅から、そのピーク出力は1.1ギガワット(GW、1GWは10億ワット)であると評価されました。この結果により、従来のアト秒レーザー光源と比較して100倍以上の高出力化を実現したことが示されました。

一方、任意電場を発生できる特殊なレーザー光源である光シンセサイザーの特性を利用することで、アト秒パルス(高次高調波)の発生光子エネルギーを制御することができます。光シンセサイザー内の電場を変化させると、発生する高調波の最大光子エネルギーが周期的に変化します(図3a)。高次高調波の発生光子エネルギーはそのパルス波形と関係するため、ある特定の光シンセサイザー条件(A、B)を使用すると、異なるパルス波形を持つアト秒レーザー発生が可能になると考えられます。そこで、光シンセサイザーの条件を変えて発生したアト秒パルスのパルス波形を調べたところ、図3b中のA、Bの高調波スペクトル波形に対応して、アト秒レーザーのパルス幅が240アト秒から272アト秒に変化することが確かめられました(図4)。この結果から、アト秒レーザーのパルス波形の制御に光シンセサイザーの電場制御が有効であることが実証されました。

さらに、高調波スペクトル波形A、Bを光シンセサイザーで数時間にわたり交互に発生させ、アト秒ストリーク法による測定を繰り返したところ、3アト秒以下のパルス幅変化でアト秒レーザーのパルス波形を再現することにも成功しました。この結果は、開発した高強度光シンセサイザーが長時間にわたって極めて高い発生電場再現性を持つことを意味しています。

今後の期待
本研究では、高強度光シンセサイザーと高次高調波エネルギースケーリング法を組み合わせることで、世界最高出力となるGW級のピーク出力を持つアト秒レーザーを実現しました。さらに、光シンセサイザーの電場を変化させることで、発生するアト秒レーザーのパルス波形を制御することにも成功しました。

本成果により、吸収分光法などの基礎科学分野に利用が制限されてきたアト秒レーザーを、微細加工やイメージングなどの光学分野においても利用することが可能になると期待できます。また、励起レーザーの電場制御を用いたアト秒波形の可変化は、利用対象に応じて最適化されたアト秒レーザー波形を供給する手法して重要な役割を果たすと期待できます。

補足説明
1.アト秒レーザー

パルス幅がアト秒域(100京分の1秒、10-18秒)のレーザー光。孤立アト秒パルス、アト秒パルスレーザー、単一アト秒パルスと呼ばれることもある。

2.光シンセサイザー
波長の異なる多色の光パルスを独立に増幅し、それを時空間で精密に制御・合成するレーザー技術。光シンセサイザーを実現するには、多色の光パルスを同時に発生させるとともに、各パルスの電場キャリアエンベロープ位相、パルス間の相対位相差および相対遅延時間差を数アト秒の精度、つまり空間に置き換えるとナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)の精度で安定化する必要がある。

3.高次高調波、高次高調波発生
高強度レーザー光を希ガスに集光すると、そのレーザー光と同じ方向に複数の波長の短い光が発生する。一般に電磁波を取り扱う分野では、基本波長の整数分の1の波長の電磁波が発生すると、これを「高調波」と呼ぶ。高強度レーザー光により発生した波長の短い光は、レーザー光の波長の奇数分の1(例えば、1/11や1/13)の波長になっており、またその分母に入る数が数十以上に達する場合もあることから、「高次高調波」と呼ばれている。

4.高調波エネルギースケーリング法、ルーズフォーカス法
高橋チームリーダーらにより提案された励起レーザー光を、長焦点(集光距離を長くする)で緩やかに高調波発生媒質に集光する手法。高調波のビーム品質を損なうことなく出力エネルギーを高出力化でき、中性原子による位相整合技術を組み合わせることで高い変換効率も同時に実現できるという特徴を持つ。世界の多数の研究機関で採用されており、高次高調波の高出力手法として国際標準となっている。

5.吸収分光法
測定したい媒質に光を照射し吸収を利用して測定対象物の特性を分析する手法。測定したい物質に応じて、赤外から軟X線まで幅広い波長域の光が利用される。例えば、照射する光に短パルスレーザーを利用すると、そのレーザーの時間幅に応じて測定対象の吸収時間応答を調べることができる。

6.位相整合技術
励起レーザーと高調波の位相速度をそろえることで、高効率な波長変換を行う技術。非線形結晶を用いた波長変換の場合、位相整合技術として、結晶の複屈折を利用する角度位相整合法や、温度位相整合法などが利用される。一方、ガスを用いた高次高調波発生においては、ガス媒質の分散、励起レーザーの波面変化、媒質ガスのプラズマ分散などを用いて位相整合条件を満たす。

7.アト秒ストリーク法
アト秒パルスの時間幅評価法の一つ。アト秒パルスを希ガスに照射すると、光電子が放出される。評価対象のアト秒パルスと時間的に同期したフェムト秒レーザーパルス(波長800nm)を同時に希ガスに照射すると、放出された光電子の運動エネルギーがフェムト秒レーザーパルスの光電界によってエネルギー変調される。アト秒パルスとフェムト秒レーザー間の遅延を変えつつ、それぞれの時間で光電子スペクトルを計測すると、アト秒パルスとフェムト秒レーザーパルスの情報が含まれた光電子スペクトログラムが得られる。このアト秒ストリーク像(光電子スペクトログラム)から、アト秒パルスのパルス波形、スペクトル波形、位相の情報が求められる。FROG-CRAB法(frequency-resolved optical gating for complete reconstruction of attosecond bursts)と呼ばれることもある。

8.キャリアエンベロープ位相
光パルスの包絡線(エンベロープ)に対する光電場振動(キャリア)の位相をキャリアエンベロープ位相と呼ぶ。光の周波数とパルス幅が同程度になってくると、光電場振動のピークが包絡線のピークに対してどのような関係にあるかが重要になる。

研究チーム
理化学研究所
光量子工学研究センター
超高速コヒーレント軟X線光学研究チーム
チームリーダー 高橋 栄治(たかはし えいじ)
(開拓研究本部 高橋極限レーザー科学研究室 主任研究員)

アト秒科学研究チーム
基礎科学特別研究員 ビン・シュエ(Bing Xue)
光量子工学研究センター
センター長 緑川 克美(みどりかわ かつみ)

研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(B)「単一ショット軟X線アト秒分光計測の実現(研究代表者:高橋栄治)」、同基盤研究(A)「円偏光フェムト秒コヒーレント軟X線の発生と超高速スピンダイナミクスへの展開(研究代表者:高橋栄治)」、文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)「次世代アト秒レーザー光源と先端計測技術の開発」などによる支援を受けて行われました。

原論文情報
Bing Xue, Katsumi Midorikawa, Eiji J. Takahashi, “Gigawatt-class, tabletop, isolated-attosecond-pulse light source”, Optica, 10.1364/OPTICA.449979

出典:
https://www.riken.jp/press/2022/20220324_1/index.html

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