(レーザー関連)東京工業大学/量子ネットワークの鍵となる「同一フォトンの生成」に成功

量子中継による長距離ネットワーク実現に寄与

要点

  • ダイヤモンド結晶中に、スズ(Sn)原子と空孔(V: Vacancy)からなる量子光源(SnV中心)を生成
  • 複数の光源から発光波長・線幅がほぼ同一であるフォトンを生成することに成功
  • 量子もつれを基盤とする量子ネットワークの実現につながる重要な成果

概要
東京工業大学 工学院 電気電子系の岩﨑孝之准教授、物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の谷口尚拠点長、産業技術総合研究所 機能材料コンピュテーショナルデザイン研究センターの宮本良之上級主任研究員、量子科学技術研究開発機構 高崎量子応用研究所の小野田忍上席研究員らの共同研究グループは、量子ネットワーク応用が期待されているダイヤモンド中のスズ-空孔(SnV)中心において、複数のSnV中心から発光波長および発光線幅がほぼ同じである同一なフォトン[用語1]を生成することに成功した。

量子ネットワークでは、各量子ネットワークノード間を量子もつれ[用語2]でつなぐ必要があり、その実現には発光波長および発光線幅が同じである同一なフォトンの生成が鍵となる。本研究では、高エネルギーに加速したSnイオンをダイヤモンド基板に打ち込み、2,100℃で加熱することでSnV中心を形成した。高精度な発光励起分光[用語3]計測から、複数のSnV中心から同一なフォトンの生成を観測した。今後、離れた位置のSnV中心を用いた量子干渉計測および量子もつれ形成を実証することで、ダイヤモンド量子光源を基盤とする量子ネットワークへの応用が期待できる。

研究成果は2月23日(米国東部時間)にアメリカ物理学会の「Physical Review Applied」にオンライン掲載された。また、優れた論文としてEditors’ Selectionに選定された。

背景
量子ネットワークは、量子もつれを用いて量子状態を送受信することで盗聴を不可能にする安全な情報ネットワークとして注目されている。量子ネットワークノードと呼ばれる送受信および中継点の各点をなす固体量子光源として期待されているのが、ダイヤモンド構造に異種元素を導入した材料である。本研究グループでは、IV族元素を用いることで、優れた光学特性およびスピン特性(量子状態のメモリ時間)を両立することが可能になることを示してきた。その中でも、重いIV族元素であるSnを用いたSnV中心は、SiやGeを用いた量子光源よりも高い温度で量子状態を保存するためのスピン特性が優れるという特長を有している。スピン特性は、量子ネットワークにおける情報伝達においてその情報の保持を担うものであり、希釈冷凍機を必要としない温度での量子情報保持は実用上重要となる。また、量子もつれ生成のための光学特性としては、同一の発光波長および発光線幅を有する複数の量子光源の形成が重要となる。しかしながら、母体材料であるダイヤモンドの格子による歪みによって、容易に各量子光源の発光波長がずれてしまい、同一の発光波長および発光線幅を有するSnV中心を複数形成させることは実現されていなかった。

研究成果
本研究では、ダイヤモンド基板への18 MeVという高エネルギーでのSnイオン注入後に、高圧下において2,100℃で加熱処理を行うことで高品質SnV中心を形成し、複数のSnV中心から発光波長および発光線幅がほぼ同じであるフォトンを生成することに成功した。

SnV中心の形成と特性評価
18 MeVという高エネルギーを加えることにより、ダイヤモンド基板へのSnイオンの注入を行なった。SnV中心はダイヤモンド表面から3 μm程度の深さで形成され、基板表面の格子歪みの影響を抑制することができ、さらに、2,100℃での加熱処理によりイオン注入時に発生した格子欠陥や歪みを効率的に回復させることができる。

形成されたダイヤモンド格子内のSnV中心は、格子間にSn原子が配置し、その両隣が空孔となる構造をしている(図1a)。この構造内に局所的に存在している電子が光励起された後に緩和することで発光する。電子がつくるエネルギーレベルは基底状態および励起状態とも2つに分裂しているため複数の発光線が観測される(図1b)。図1cは作製したSnV中心からの発光(PL)スペクトルであり、励起状態のうち低いエネルギー準位から各基底状態への遷移に対応している。

PLE測定による詳細な発光特性の評価
検出器の分解能のため、PLスペクトルではSnV中心の真の発光波長および発光線幅を評価することができない。そこで、高精度波長可変レーザおよび波長計を用いて、発光励起分光(PLE)測定を実施した。図2aは160個のSnV中心に対してPLE計測を実施して得られた発光周波数分布(波長から換算)である。発光周波数がシフトした3個のピークが明確に見られており、第一原理計算を含めた理論計算から、これらは3種類のSnの同位体からなるSnV中心に対応していると考えられる。量子光源の形成条件から、最もカウントが高いP1ピークがSnの同位体120Snを含むSnV中心由来の発光であり、P2およびP3ピークがそれぞれ119Sn, 118Sn由来だと考えられる。同位体を区別した119SnV中心の観測は、長時間の量子状態保存を可能とする核スピンメモリ[用語4]につながるものである。最もカウントの高いP1ピークの半値幅[用語5]は3.9 GHzと非常に狭く、作製した量子光源が高品質であることを示している。この狭い発光周波数分布のため、非常に近い発光周波数および発光線幅を有する複数のSnV中心の観測が可能となった。図2bはひとつのダイヤモンド基板(サンプル1)の中に存在する複数のSnV中心からのPLEスペクトルであり、それぞれのスペクトルの大部分が重なっている。内側のふたつのスペクトルの発光線幅は35 MHzおよび38 MHzであり、物理限界である自然線幅31 MHzに非常に近く理想に近い状態であることがわかる。このふたつのスペクトルの中心周波数の差は4 MHzと自然線幅の1/8程度に収まっており、ほぼ同一の性質を持つフォトンが生成されていると考えられる。さらに、もうひとつの異なるダイヤモンド試料(サンプル2)においても、サンプル1のSnV中心と同一なフォトンを生成するSnV中心を確認した(図2c)。

社会的インパクト
本研究によって、重いIV族元素を用いたダイヤモンド量子光源において同一なフォトンの生成が可能であることを示した。これは量子中継による長距離量子ネットワークや量子デバイスをつないだネットワーク構築へ向けた重要な成果である。

今後の展開
今回作製したSnV中心を持つダイヤモンド試料は、異なるサンプル間においても同一の性質のフォトンを生成できることを確認した。このことは材料の量産において、品質の安定につながると考えられる。今後は、この高品質SnV中心を用いることで、離れた位置にあるSnV中心間の2光子干渉計測およびスピン特性と合わせた量子もつれ形成へと研究を進展させていく。本研究成果は、SnV中心を用いた量子ネットワークノード形成への重要なブレークスルーであり、量子中継器による長距離量子ネットワーク実現へつながることが期待できる。

付記

本研究はJSPS科研費基盤研究(S)JP22H04962および基盤研究(A)JP22H00210、東レ科学技術研究助成、文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププロジェクト(Q-LEAP)(No. JPMXS0118067395)、JSTムーンショット型研究開発事業(JPMJMS2062)の支援を受けて行われた。

用語説明
[用語1]
同一なフォトン :
複数の量子光源から発せられるフォトン(光の粒子)が同じ発光波長、発光線幅、偏光を有する状態であり、量子干渉計測および量子もつれ形成において重要となる。本研究では、異なるSnV中心からのフォトンの偏光は制御していないが、光学素子を用いることで容易に制御可能である。

[用語2]
量子もつれ :
量子もつれ状態にある2個の粒子では、片方の粒子の状態を観測によって決めると、もう一方の粒子の状態も決まる。

[用語3]
発光励起分光 :
量子光源の狭い発光線幅を計測する技術。励起寿命で決まる理想的な線幅は、通常の発光スペクトル計測では測定できない。一方、発光励起分光計測では狭線幅の波長可変レーザを用いることによって狭い発光線幅を計測でき、さらに発光波長を高精度に観測することができる。

[用語4]
核スピンメモリ :
量子状態は、電子スピンおよび核スピンに保存することができる。核スピンは、電子スピンに比べ環境からのノイズの影響を受けにくいため、より長時間にわたって量子状態を保持することができる。量子光源の電子スピンに状態を保持後、核スピンに情報を移すことで利用することができる。SnV中心では、同位体119Snが核スピンメモリとして機能する。

[用語5]
半値幅 :
統計データの分布や分光のピークにおいて、縦軸の値が最大値の半分となる2点における横軸の値の差。

論文情報
掲載誌 :
Physical Review Applied

論文タイトル :
Multiple Tin-Vacancy Centers in Diamond with Nearly Identical Photon Frequency and Linewidth

著者 :
Yasuyuki Narita, Peng Wang, Keita Ikeda, Kazuki Oba, Yoshiyuki Miyamoto, Takashi Taniguchi, Shinobu Onoda, Mutsuko Hatano, Takayuki Iwasaki

DOI :
10.1103/PhysRevApplied.19.024061(External site)

出典:
https://www.titech.ac.jp/news/2023/065962

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