(テラヘルツ関連)東京大学他/ナノ構造中のテラヘルツ電磁波と電子の超強結合状態の 高感度電気的検出に成功

――量子制御技術への応用に期待――

発表のポイント

  • テラヘルツ電磁波と電子を半導体ナノ構造中に閉じ込めることにより、非常に強く相互作用させ、光と粒子の両方の性質を併せ持ったハイブリッドな量子状態を実現。
  • 量子ポイントコンタクトと呼ばれるナノ構造を導入することによって、単一の光共振器中のハイブリッドな量子状態を電気信号として高感度に取り出す技術を確立。
  • ハイブリッド量子状態を用いることにより、電子が持つ量子情報を、テラヘルツ電磁波を介して遠方に運ぶことができ、量子情報処理技術への応用に向けた重要な要素技術となると期待される。

概要
東京大学 生産技術研究所の黒山和幸 助教、平川一彦 教授、および同大学ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構の荒川泰彦 特任教授、權晋寛 特任准教授は、スプリットリング共振器(注 1)と呼ばれるテラヘルツ帯域に共鳴周波数を持つオンチップの光共振器と半導体ヘテロ構造中の電子を強く相互作用させ、光と電子の両方の性質を持つハイブリッド結合状態を生成するとともに、その量子状態を量子ポイントコンタクト(注 2)と呼ばれる電気的な狭窄(きょうさく)構造を用いることで、電気的に読み出す技術を確立しました。
本研究では、単一オンチップのテラヘルツ光共振器と GaAs(ヒ化ガリウム)半導体中の2次元電子系との間の超強結合状態を、近傍に設置した量子ポイントコンタクトの電流を測定することによって観測しました。先行研究では、多数の光共振器を整列させ、その光透過率の平均値を測定する方法が主に用いられてきました。しかし、量子情報処理技術などへの応用を見据えると、単一の光共振器の量子状態を読み出す技術の確立が強く望まれていました。本研究では、従来の光測定による手法ではなく、電気的な測定手法を用いることで、単一のテラヘルツ光共振器と電子系が結合した量子状態を検出することに成功しました。この研究成果は、光と物質の結合状態の基礎学理の構築に大きく貢献するのみにとどまらず、レーザー技術などをはじめとする光による物質の新奇な量子制御技術や、テラヘルツ帯域における量子情報通信技術への応用が期待されます。

発表内容
本研究チームは、スプリットリング共振器と2次元電子系(注 3)との結合状態を、2次元電子系に作製した量子ポイントコンタクトと呼ばれる電気的な狭窄構造の電気伝導を測定することによって電気的に読み出すことを着想しました。図 1(a)に実際に測定した試料構造を示します。黄色い四角形で示された金属の構造が、GaAs半導体基板の上に作製したスプリットリング共振器です。共振器に外部からテラヘルツ電磁波を照射して共鳴励起(注 1)させると、共振器の下側のギャップにおいて、非常に強い電場の閉じ込めが起こります(図 1(b))。さらに、2次元電子系に対して面直の磁場を印加すると、極低温においては 2 次元電子のサイクロトロン運動(注 4)が量子化し、ランダウ準位(注 4)と呼ばれる離散的なエネルギー準位が形成されます。2 次元電子は、スプリットリング共振器のギャップにおける強い電場を感じることで、ランダウ準位間で共鳴励起されます。

量子ポイントコンタクトは、図 1(a)において、スプリットリング共振器の隣(下側)に作製したサイドゲート電極とスプリットリング共振器の間に形成します。両者に負電圧を印加することで、サイドゲート電極とスプリットリング共振器との間に2次元電子に対して電気的な閉じ込め構造を作ることができます。そこで、テラヘルツ電磁波を試料に照射し、量子ポイントコンタクトにおける電流変化(以下、光電流)を入射周波数と印加磁場の大きさに関して測定しました(図 2(a))。図中の白い矢印で示した入射周波数1THz 近傍の信号が、スプリットリング共振器の共鳴吸収に伴う信号です。さらに、黄色の矢印で示すように、磁場に関して共鳴周波数が増大する信号が観測されました。この信号は、2次元電子のランダウ準位間の共鳴励起による信号であり、その共鳴周波数はサイクロトロン周波数(注 4)によって説明することができます。さらに、共振器の共鳴周波数とサイクロトロン周波数とが一致する磁場領域においては、2つの共鳴信号の間で明瞭な反交差信号(互いに避けあう信号)が観測されています。この反交差信号は、光共振器と2次元電子との間で、光子を介してエネルギーを交換し合っている(いわゆる、真空ラビ振動(注 5))ことを示しています。さらに、共振器と2次元電子の結合強度を評価した結果、ラビ周波数(共振器と2次元電子との間で起きるエネルギーのやり取りの周波数)が、共振器の共鳴周波数の0.1倍よりも大きいという結果になり、これは共振器と2次元電子とが超強結合状態(注 5)にあることを示しています。

また、近年、このような超強結合状態においては、共振器の真空電磁場揺らぎ(注 6)によって物質の量子状態が変調されることが理論的に提唱されており、そのような場合には、電磁波の外部照射を行わなくても、共振器との結合によって2次元電子の電気伝導特性が変化することが予想されています。この数年で幾つかの論文で、量子ホール効果における2次元電子系の電気抵抗が、共振器との結合によって変調される振る舞いが報告されています。本研究でも、共振器と2次元電子のサイクロトロン共鳴とがエネルギー的に共鳴となる磁場領域において、外部から電磁波の照射を行っていないにもかかわらず、量子ポイントコンタクトにおける電気伝導が顕著に変調される振る舞いが観測されました(図2(b))。現段階では、詳細なメカニズムは不明ですが、別の測定試料においても同様の信号が再現良く観測されており、本結果も共振器における真空電磁場揺らぎの増大に起因した電子輸送特性の変調を示唆する重要な結果の一つであると考えられます。
テラヘルツ帯域は、量子ポイントコンタクトや量子ドットなどの半導体ナノ構造のエネルギースケールと一致します。特に、半導体量子ドットは、量子ビットを実装する固体量子系の有力な候補の一つとして、近年、加速度的に研究開発が進んでいます。したがって、今後は、本研究で実現した技術を応用することで、そのような半導体ナノ構造に局在する電子とスプリットリング共振器との強結合や超強結合状態を実現し、テラヘルツ帯域における量子情報通信技術や半導体量子ドットで構成される量子ビットの新しい制御技術への応用を目指します。それにより、従来よりもはるかに高速な量子情報の伝送技術の実現や、超伝導量子ビットや半導体量子ビットで喫緊の課題となっている高温で動作する固体量子コンピューターの発展につなげます。

発表者・研究者等情報
東京大学

生産技術研究所
平川 一彦 教授
兼:東京大学 ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構
黒山 和幸 助教

ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構
荒川 泰彦 特任教授
權 晋寛 特任准教授

論文情報
雑誌名:
Nano Letters

題 名:
Electrical Detection of Ultrastrong Coherent Interaction between Terahertz
Fields and Electrons Using Quantum Point Contacts

著者名:
Kazuyuki Kuroyama*, Jinkwan Kwoen, Yasuhiko Arakawa, Kazuhiko Hirakawa*

DOI:
10.1021/acs.nanolett.3c02272

URL:
https://doi.org/10.1021/acs.nanolett.3c02272

研究助成
本研究は、科研費「基盤研究(S)(課題番号:JP20H05660)」、「若手研究(課題番号:JP20K14384)」、「基盤研究(C)(課題番号:JP20H05660)」、科学技術振興機構「さきがけ(課題番号:JPMJPR2255)」、村田学術振興財団「研究助成」の支援により実施されました。

用語解説
(注 1)スプリットリング共振器、共鳴励起

リングの一部が切断された金属構造。コイルとコンデンサで構成された共振回路(LC共振回路)を形成しており、共振周波数の電磁波で外部励起する(共鳴励起)と、リング内に振動電流が発生する。

(注 2)量子ポイントコンタクト
金属や半導体などの導体に形成された電気的な狭窄構造のこと。狭窄部分における閉じ込めポテンシャルによって、電子の量子化されたサブバンドが形成される。電流に寄与するサブバンドの数に応じて電気伝導度が離散的な値を取ることからこのような名前で呼ばれる。

(注 3)2 次元電子
GaAsとAlGaAs(ヒ化アルミニウムガリウム)などの 2 種類の半導体の接合界面に2次元状に蓄積した電子のこと。

(注 4)ランダウ準位、サイクロトロン運動、サイクロトロン周波数、サイクロトロン共鳴
速度を持った電子などの荷電粒子に静磁場を印加すると、粒子に対してローレンツ力が働く。このローレンツ力に起因した回転運動のことをサイクロトロン運動と呼び、その回転運動の周波数をサイクロトロン周波数と呼ぶ。低温・高磁場においては、2次元電子のサイクロトロン運動が量子化し、サイクロトロン周波数のエネルギー間隔で離散化した量子準位が形成され、この量子準位をランダウ準位と呼ぶ。また、このランダウ準位間の共鳴励起をサイクロトロン共鳴と呼ぶ。

(注 5)超強結合状態、真空ラビ振動
まず、物質と光共振器との間で起きる光子を介したエネルギーの交換をラビ振動と呼ぶ。このラビ振動の周波数が、共振器の光の共鳴周波数に匹敵するほど大きい結合状態を超強結合と呼ぶ。つまり、光の電場が一回振動する時間(一周期)の間に、光子を介したエネルギーの交換が起きるようになり、従来近似により無視されていた様々な効果が無視できなくなるため、新しい光物性現象の発現が期待されている。

(注 6)真空電磁場揺らぎ
結合強度の小さい光と物質の結合系の基底状態は、物質系が最も低いエネルギー状態にあり、かつ、共振器に光子がいない状態であるが、物質と共振器が強く結合している場合には、結合系の基底状態において、外部からの励起がないにもかかわらず、物質の励起や共振器への光子生成が起きる(ゆらぎ)。

問合せ先
(研究内容については発表者にお問合せください)

東京大学 生産技術研究所
教授 平川 一彦(ひらかわ かずひこ)
Tel:03-5452-6260 E-mail:hirakawa[at]iis.u-tokyo.ac.jp

東京大学 生産技術研究所 広報室
Tel:03-5452-6738 E-mail:pro[at]iis.u-tokyo.ac.jp
科学技術振興機構 広報課
Tel:03-5214-8404 E-mail:jstkoho[at]jst.go.jp

科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
安藤 裕輔(あんどう ゆうすけ)
Tel:03-3512-3526 E-mail:presto[at]jst.go.jp

出典:
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20231106-2/pdf/20231106-2.pdf

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