遺跡・遺物と言えば思い浮かべるのは巨大な神殿や都市や墳墓、或いはその跡地に残された遺構や城壁の名残といったものだろう。そうでなければアルタミラの壁画のように、鮮やかに我々の遠い遠い先祖の痕跡を今に伝えてくれるものだろうか。勿論、そういった遺跡も重要なのだが、もう一つ、記録に残して行きたいものがある。『足跡』だ。
足跡の遺跡とはこれ如何に、かもしれないが当時は泥状だった土の上に残された足跡が乾燥し、火山灰や他の土、泥等に覆われて現在まで保存される、ということは然程多くはないが発見されており、マンモスや恐竜の足跡の化石も存在する。今回取り上げるのは、ヒトの足跡だ。その足跡は、アフリカの大地に残されている。
アフリカ・タンザニア北部にオル・ドイニョ・レンガイという山がある。地球上で唯一カーボナタイト (火成炭酸塩岩)を噴出する山で、その溶岩は黒く、冷えて固まると白灰色になる。名前はマサイ族に由来し、マサイ語で「オル・ドイニョ」は山、「レンガイ」は神を意味する。その麓のナトロン湖南岸のエンガレ・セロの泥地に、400超の人類の足跡が残されているのだ。その数はアフリカ大陸では最大となっている。かつての泥の上には当、時そこを通り過ぎた人類の足跡が驚くほどくっきりと残されており、彼らの足から滴り落ちた泥の滴まで見て取れる。複数の人間が小走りに駆け抜けただろう跡、女性や子供のグループが南西の方角に向かって歩いた足跡、また親指に怪我をしていたとみられる足跡も発見されている。
密集した状態で同時代のこれ程沢山の足跡が残されているのはこのエンガレ・セロだけだ。この足跡からは、その持ち主たちが生きていた時代の生活ぶり等、多くのことが分かる筈だ。現在、エンガレ・セロ一帯はタンザニア政府によって、遺跡保護の為に立ち入り禁止処置がとられており、直接その足跡を目にすることは出来ない。しかし、何らかの不幸な事態が起こって、足跡遺跡が破壊されてしまったとしても、その貴重な遺跡を全く同じ形で復元することが可能だという。
他の多くの遺跡、街や寺院、神殿や城の遺跡と同じように、このエンガレ・セロ遺跡もレーザースキャンされ、3Dデータとして保存されているのだ。その為、将来的に遺跡への立ち入りが完全に禁止されたり、自然現象か或いは人為的にでも破壊された場合でも、3Dプリンターで遺跡全てを再現することが可能なのだという。タンザニアでは他にもアファール猿人の足跡化石から、彼らが一夫多妻制であった可能性があることなどが分かっており、サウジアラビアでは8万5000年前の人類の足跡や指の骨が発見され、現在研究が進められている。人類の足跡だけではなく、マンモスや恐竜、果ては虫や鳥類の足跡、蛇の這った跡等、生命の痕跡の化石からは、人間の進化の歴史や、命の誕生の歴史が解明される重大な糸口となっているのだ。
巨大な石造りの神殿や城壁、精密な細工や黄金の仮面は確かに人目を惹くし興味をそそる。しかし、たまには華美さも壮麗さも無い、大昔には柔らかかっただろう土の上に目を向けるのも面白い。文字通り地に足を着けて生きてきた生命の謎に迫れるかもしれない。
参考
*NATIONAL GEOGRAPHIC
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/121600483/
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/051600215/
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/101200386/ph_thumb.jpg?__scale=w:500,h:333&_sh=0cd0ea0c10 (図1)
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/b/b0/Ol_Doinyo_Lengai_volcano_in_Tanzania_20120217.jpg (Top画像)
執筆者:株式会社光響 緒方