階段ピラミッドがあることで有名なエジプト・サッカラ。古代の首都メンフィスのネクロポリスだったこの地では、ジョセル王の階段ピラミッドを始め、ピラミッドが16基、多数のマスタバ(貴族階級の墓)や歴代王朝の埋葬記念碑が発見されてきた。正に古代エジプトの歴史が刻みこまれた死者の都だ。墓荒らしとそれを防ごうと策を巡らせる王や貴族の奮闘の場でもあったこの墓地で、新たな墓とミイラが発見され、エジプト考古学界で大きな注目を集めている。
サッカラは共同墓地だ。墓やミイラが出れば新たな発見に注目はされるが、今回の墓に注がれる視線は殊の外熱い。なぜなら発見されたのは普通の墓ではなく、ミイラを作る工房だったからだ。
地下30mで発見されたこの竪穴式墳墓は紀元前664~404年頃、末期王朝時代、アッシリアの支配下にあったサイス王朝時代のものとみられ、35体のミイラと木の棺が3つ、石灰岩でできた石棺が1つに加え副葬品が発見されている。
そして注目すべきは泥レンガと石灰岩のブロックで作られた「ミイラの製造工房」だ。泥レンガで作られた大きな2つの凹みは、片方は乾燥材で遺体を乾燥させる為に、もう片方は麻でできた包帯を準備する為に使われたのではないかと見られている。
また、地下室のような空間からは、遺体の防腐処理の為に使われたオイルの名前が書かれた鉢や計量カップが見つかった。発見された器は全てラベル付けされていた。この発見により、ミイラ作成の為に使われた薬品やオイルの化学成分を調べることができ、当時の人々が何を使ってミイラを作っていたのかを正確に知る大きな手掛かりになると考えられている。
発掘チームは基岩から削りだしたこの貴重な竪穴式墳墓兼ミイラ工房を、最新の3Dレーザースキャンや写真測量技術を駆使して計測、記録した。墓の形状だけでなく発見されたありとあらゆる物品にも3Dレーザースキャンを行い、その詳細を記録している。
このミイラ工房兼墳墓からは、亡骸の内臓を収めた雪花石膏製のカノポス容器、錫の釉薬が塗られたウシャブティという死者に仕える小立像も発見されたが、発掘チームを驚愕させたのは、棺の一つから見つかったミイラに被せられていた仮面だ。
その仮面は銀箔が施され、目はオニキスや方解石、黒曜石で彩られていたのだ。金銀で飾られた仮面と言えばツタンカーメン王に代表される古代エジプトの象徴のような副葬品だが、それを発掘現場で発見することは非常に稀だ。王や貴人の墓の殆どは盗掘されてしまっているからだ。この貴金属で彩られた仮面は1939年以来の大発見なのだ。勿論この貴重極まりない仮面も3Dレーザースキャンによって細部まで記録されている。この仮面をつけていたミイラの身元は、サイス王朝時代に地母神ムトに仕えた第2神官であることは特定できているが、残念ながら彼の名前を刻んだ漆喰は崩れてしまっており、その破片も消失してしまい知ることはできないようだ。しかしまだまだ発掘は続いている。更に進めれば新たな発見と共にこの仮面の主の名が判明する何かが見つかるかもしれないし、重要な遺物が他にも見つかるかもしれない。今後の情報に大いに期待したいところだ。
最後に、ミイラと言えばエジプト、というイメージは非常に強いと思うのだが、意外にも世界各地に存在している。現在確認されている最古のミイラは南米チリのチンチョーロ文化の酸化マンガンに覆われた「黒いミイラ」だ。最も美しいと言われているのはイタリアのパレルモのカプチン・フランシスコ修道会のカタコンベ内にあるロザリア・ロンバルドという少女のミイラだ。ミイラにする工程も様々で、パプアニューギニアでは亡骸を燻して乾燥させ、生前の姿を残そうとする方法が採られている。日本の「即身仏」もミイラの一つとされているが、死後に亡骸に防腐処理を施すのではなく飲食を絶ち漆を飲んで土中に入定し仏になるという過酷なものだ。また、亡骸の置かれた場所によって自然にミイラ化することもあり、北欧やイギリス、アイルランドの泥炭地からは生前の姿だけでなく脳や臓器までも形を留めたものが発見されている。ミイラといっても様々だ、ということを頭の片隅に置いておくと、豆知識を披露する時に役立つことがあるかもしれないし、無いかもしれない。
参考
*カラパイア
http://karapaia.com/archives/52262637.html
*uni-tuebingen
https://uni-tuebingen.de/en/university/news-and-publications/press-releases/press-releases/article/tuebingen-researchers-discover-gilded-mummy-mask.html
https://uni-tuebingen.de/fileadmin/_processed_/4/5/csm_18-07-14Sakkara_DSC_4607_f1741efade.jpg (Top画像)
https://uni-tuebingen.de/fileadmin/_processed_/4/c/csm_18-07-14Sakkara1_323b9af1f3.jpg (図2)
https://uni-tuebingen.de/fileadmin/_processed_/4/b/csm_18-07-14Sakkara_DSC_4594_19b2bf7192.jpg (図3)
*egyptday
https://www.egypttoday.com/Article/4/54043/A-closer-look-at-Saqqara-s-unique-discovery
https://www.egypttoday.com/images/Uploads/2018/7/15/75243-a.jpg (図1)
執筆者:株式会社光響 緒方