- これまでの常識を覆すテラヘルツ光の新たな活用法として期待 -
発表のポイント
- 水面にパルス状のテラヘルツ光を照射すると、テラヘルツ光が届かない水中にも光音響波を介して効率良くエネルギーが伝わっていく様子を観測。
- 水中にある物質を外部から非破壊・非接触で操作することのできる簡便な技術として、医療診断や材料開発等への応用に期待。
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫。以下「量研」という。)量子ビーム科学部門関西光科学研究所の坪内雅明上席研究員、国立研究開発法人理化学研究所(理研)光量子工学研究センターの保科宏道上級研究員、国立大学法人大阪大学大学院基礎工学研究科の永井正也准教授、国立大学法人大阪大学産業科学研究所の磯山悟朗特任教授らの研究チームは、パルス状のテラヘルツ光を水面に照射すると光音響波が発生し、テラヘルツ光の届かない水中にまで、エネルギーが効率良く伝わることを発見しました。
テラヘルツ光は、周波数1テラヘルツ(波長~0.3 mm)領域の電磁波として医薬品や高分子材料の分析、また透過イメージングによる検査等に応用されています。一方で、テラヘルツ光は水に非常に良く吸収されるため、水に照射しても表面で全て吸収され、水中への作用はないとこれまでは考えられていました。今回、研究チームは大阪大学産業科学研究所の自由電子レーザーによって発生させたパルス状のテラヘルツ光を水面に照射する実験を行い、水中に起こる変化を可視化することに初めて成功しました。その結果、テラヘルツ光は、水の表面のごく薄い領域(10 μm程度)で吸収され、プラズマ生成等の破壊的な現象による周囲への影響を起こすことなく光音響波を発生し、その音響波によってテラヘルツ光自体の届かない6 mm以上の深さにまで指向性良くエネルギーが伝わることを明らかにしました。
今回の発見は、テラヘルツ光を水に照射するだけの極めて簡便な方法で、周辺への影響を最小限に抑えながら水中の物質に非接触でエネルギーを与えることのできる新たな技術となります。既に研究チームは、本技術により生体細胞内に存在するアクチン繊維を、細胞死を招かず切断することに成功しています。従来の機械的超音波発生法に加えて、テラヘルツ光を用いた非接触な発生法が新しく生まれる事で、医療診断や治療など様々な応用が考えられます。また、水中環境下で細胞やDNA、高分子材料等を非接触で操作するといった、生命科学や材料開発等への応用が期待されます。
本研究成果はネイチャー・リサーチ社が発刊するオープンアクセス速報誌『Scientific Reports』(M.Tsubouchi, H. Hoshina, M. Nagai, and G. Isoyama)に2020年10月28日(水)19:00(日本時間)に掲載されます。
研究の背景と目的
テラヘルツ光(周波数0.1~10テラヘルツ)は、光と電波の中間の波長領域(波長0.03~3 mm)にある「電磁波」の一種です。赤外線や可視光を代表とする波長数μm以下の「光」や、マイクロ波やミリ波を代表とする波長数mm以上の「電波」は、古くから基礎研究や産業応用が広く行われてきました。一方「テラヘルツ光」は近年まで研究が進んでいませんでした。しかし今世紀に入り、テラヘルツ光の発生及び検出に利用される光・電子技術の進展に伴い、光と電波双方の利点を有すると共に双方の技術を利用できる新たな「電磁波」として注目されています。
テラヘルツ光は半導体や高分子材料への透過性が高い一方で、金属や水分に対して反射や吸収等の高い応答を示すため、非破壊非接触で物質内部をイメージングすることが可能となります。その性質を用いて医薬品や高分子材料の分析や検査等への応用が進められています。一方で水に非常に良く吸収される性質から、テラヘルツ光を水に照射した場合0.1 mm以上水中に浸透することができないため、水中物質への作用はできないと考えられていました。
今回、研究チームはパルス状のテラヘルツ光を水面に照射する実験を行い、水中で起こる変化を可視化してテラヘルツ光照射による影響の精査を行いました。その結果、テラヘルツ光のエネルギーは水面で熱エネルギーに変換された後、さらに力学的エネルギーに変換されて光音響波として6 mm以上の深さ、すなわちテラヘルツ光が届かない領域まで伝わることを初めて明らかにしました。
研究成果
本研究では、大阪大学産業科学研究所のテラヘルツ自由電子レーザー施設で発生させたテラヘルツ光を用いました。本施設からはパルス列としてテラヘルツ光が発生します。そのパルス列には37ナノ秒(1ナノ秒は10-9秒)間隔で約100個程度のテラヘルツ光が含まれています(図1A)。周波数4テラヘルツ、パルス幅2ピコ秒(1ピコ秒は10-12秒)のテラヘルツパルス列を石英セルに満たした水面に照射し、水中で発生した現象をシャドウグラフ法を用いて観測したところ、光音響波が発生して水中に伝播していく様子が観測されました(図1B)。画像に見られる横縞の一本一本は、それぞれ図1Aに示したパルス列内の個々のテラヘルツパルスにより発生した光音響波に対応しています。
画像から見積もられる光音響波の速度は1506 m/sとなり、これは26℃の水中での音速と一致します。また、水中を6 mm以上光音響波で伝わることが観測されました。これは図1Bに示されるように、光音響波が点源ではなく直径0.5 mm程度の比較的広い領域から平面波として発生するため、水中を拡散せず伝わっている事に起因しています。また図1Bには水の表面や水中に変形が見られません。これは照射した液体に損傷を与えることなく非破壊的に光音響波が発生し、水中の物質まで非接触でエネルギーが伝達されている事を示唆しています
図2に光音響波発生の概念図を示します。テラヘルツ光は水に非常に強く吸収されるため、水面のごく薄い領域(厚さ0.1 mm以下)に全ての光エネルギーを集中させることができます。パルス光を用いているため、2ピコ秒という極めて短い時間で急激なエネルギー注入とそれに伴う圧力上昇が生じ、圧力波である光音響波が発生します。テラヘルツ光の水面照射による光-光音響波エネルギー変換は非常に高い効率で生じるため、比較的低い光エネルギー密度(10 mJ/cm2程度)でも光音響波が生じます。そのため、レーザー照射領域すなわち光音響波発生源を平面状に広くすることができます。広い発生源からは平面的な波面を持った光音響波が発生するため、図1Bに示すように水中深く光音響波が伝わっていくと考えられます。
結果のインパクトと今後の展望
今回の結果は、光エネルギーをテラヘルツ光の届かない水中にまで、光音響波のエネルギーとして効率良く伝達することが可能であることを示しました。テラヘルツ光を水に照射するだけの極めて簡便な方法で、周辺への影響を最小限に抑えながら水中の物質に非接触でエネルギーを与えることの出来る新たな技術となり得ます。
既に本研究チームは、本技術により生体細胞内に存在するアクチン繊維を、細胞死を招かずに切断することに成功しています。今後、光音響波の伝播距離を伸ばして操作性をさらに向上させるとともに、タンパク質や生細胞に対するテラヘルツ光誘起衝撃波の照射影響を精査することで、テラヘルツ光の新たな活用法として、水中環境下で細胞やDNA、高分子材料等を非接触かつ高い精度を保って操作するといった、生命科学や材料開発等への応用が期待されます。
出典:https://www.qst.go.jp/site/press/45262.html
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