2021年11月19日に発刊された日本総研のレポートがあります。タイトルは、「国産化進む中国の医療機器市場と変革迫られる外資側1)」です。そこには中国の産業界がこぞって日欧米からの輸入一辺倒だった医療機器を国産化して、海外技術頼り の自国の健康政策に伴う産業構造の一大転換を図った途中経過の状況が報告され ています。22個の医療機器分類において、整形外科器具類では国産品の登録数の半数以上の製品カテゴリーが5割超となり、それ以外に、歯科関連器具、手術用器具および医療用ソフトウェア分類では3割超となっています。特にレーザー加工医療 機器の代表選手のような冠動脈ステントおよび末梢ステントは米国の大手医療機器メーカーである Boston Scientific, Abott, Medtronic の3社がほぼ独占していましたが、そこに自国産が割り込む形で彼らのシェアを落とすことに成功しています。
翻って日本は、というと Boston Scientific, Abott, Medtronicの米国3社に、冠動脈ステントでは国産メーカーのテルモが、末梢血管ステントではカネカとゼオンメディカルが鎬を削る展開ですが、売上は海外メーカーに大きく水をあけられています。本邦における冠動脈ステントの年間売上高は500億円で、末梢血管ステントで150億円と推定されていますが、そのほとんどが保険の対象となることから、言葉は悪いです が、血税が海外メーカーに吸い取られる構造となっています。
そこで日本医療研究開発機構(AMED)が前面に立って大学や研究機関の支援を 行うことで、独自のステント開発に取り組んでいるのが実情です。しかしながら大手医 療機器メーカーの子会社として立ち上げたステント専門の開発会社が資金繰りに行き詰まり、倒産してしまうということもあって、その難しさを改めて痛感させられるという 一面もあります。
中国は状況を好転させることができ、日本は呻吟しているこの差は何に由来するのか、その根本原因を探り、改善策を提言したいと思います。もちろん政治体制や人口の多さからくる治験のやりやすさ、といった中国独自の利点があるかと思いますが、ここでは触れません。理由としましては本邦でも中国産のステントが使用されてい ることに拠ります。それも最先端な技術を付加した新たなステントして紹介されています。しかしながらここでは現在特に需要の多い薬剤溶出ステントを取り上げます。こ のステントは3つの部分、1)ステントプラットフォーム:金属で作製されるステントの根 幹の部分、2)キャリアマトリックス:新生内膜の増殖を抑える薬剤を運ぶもの、3)薬剤、に大別され 2)、それぞれが大きな役割を担いますが、ここではレーザー加工に焦点を当てることから、ステントプラットフォームに絞ります。特に冠動脈に使用されるス テントは、平均70回/分、4,200 回/時間、100,800回/日、36,792,000 回/年、心臓の 血液駆出とともに動くわけです。またその動きも上下や左右の単純な動きではなく、心臓が血液を捻じり絞り出すので、規律正しい動きながら伸展・圧縮・捻転の混成か
らなりますことから、ステントは相応の強度を保ち続けるデザインと構図が必要になるのです。代表的なステントデザイン(図 1)と構造(図 2)を示します。
このようにステントには種々の力学特性が要求されますが、その中でも最も避けな ければならないことは疲労による断裂です。断裂するとステントとしての機能を喪失す るだけでなく血管内に留まるために新たな合併症を併発しかねません。3)そこで体内の動きを忠実に再現できるシミュレーターで事前にその強度を確認する必要があります。
しかしながら実際問題として製品を開発するには企業側が医療者側のニーズを汲 み取る必要がありますが、多くの方はその方法がわからずに戸惑いを示すかもしれません。そこでこの10年ほどで盛んに行われているのが都道府県などの自治体がが取り組んでいる企業側と医療者側のマッチングです。医療者側の持つニーズ(要 望)と企業側が持つシーズ(技術力)をそれぞれ登録後に公開し、うまく組み合わせよ うという企画です。例えば東京医工連携 HUB機構 4)の場合ですと、ニーズが755件登録されています。一方のシーズを持つ事業体は研究機関9か所、医療機器の製造 販売業許可取得企業77社、ものづくり企業(新たに医療機器を開発しようとする企 業)101 社が登録されています。加えて自治体によっては補助金という形で研究費を提供してくれるところもありますから、一度ご自身の居住する自治体のホームページ をチェックすることをお奨めします。
更に最近の若い先生方は医療機器開発に興味を示し、医療機器開発の人材育成 セミナーに参加される方が増えていると聞きます。そこで各地域の医師会を通じて企 業訪問の企画を提示し、直接的に技術的特性を見ていただく機会を作っては如何でしょうか。医療者側は一般企業で働いたことのない方々ですが元来は理系ですので、 ものづくりのへの興味を蘇らせるかもしれません。
長く経済が好転せず鬱屈とした空気に包まれている産業界ですので、新たな試みを図ってみては如何でしょう。次世代医療機器の開発が重要な国家事業となっていることを考えれば、競争は避けられない難しいビジネスになることは想像に難くありません。しかしながら予断を許さない国際情勢を考えれば輸入頼りの医療機器は不安定な存在です。少しでも国産化することは本邦の根幹をより太くすることができますので 明日の生き残りを賭けて医療機器に焦点を当てることを提案します。
1)https://www.jri.co.jp/page.jsp?id=101530
2)http://www.npojca.jp/journal/image/200511121.pdf
3)榎学;Materia Japan,第 55 巻 第 4 号(2016);147-151
4)https://ikou-hub.tokyo/needs/needs_list
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