(テラヘルツ関連)大阪公立大他/Beyond 5Gの実現に新たな光/キラル磁気超構造が示す集団共鳴運動の観察に成功

2022年6月21日
大阪公立大学
放送大学

―サブテラヘルツ帯まで広帯域に変調可能な高周波エレクトロニクス材料―

<ポイント>

  • キラル磁性結晶※1に現れるキラル磁気ソリトン格子※2と呼ばれる磁気超構造の集団共鳴運動を検出することに成功。
  • 共鳴周波数が16 GHzから40 GHz以上の広帯域にわたって変化することを観測。
  • キラル磁性結晶の特性によっては450 GHz程度のサブテラヘルツ帯※3で応答することも可能。
  • 広帯域での周波数可変の特性は、次世代通信技術の研究開発に活用されると期待。

<概要>
大阪公立大学大学院 工学研究科 電子物理工学分野の島本 雄介(しまもと ゆうすけ) 日本学術振興会特別研究員(PD)と戸川 欣彦(とがわ よしひこ)教授、放送大学 岸根 順一郎(きしね じゅんいちろう)教授らの研究チームは、キラル磁性結晶に現れるキラル磁気ソリトン格子(Chiral soliton lattice: CSL)と呼ばれる磁気超構造※4のマイクロ波領域における集団共鳴運動を実験的に観測することに成功しました。また、理論上は、その共鳴周波数が小さな磁場でもサブテラヘルツ帯まで広帯域に変調することが判明しました。
日本では数GHzから数十GHzの周波数帯域を利用する第5世代移動通信システム(5G)の商用化が進んでいますが、2020年には総務省が5Gの次の世代であるBeyond 5Gとして100 GHz以上の周波数帯域の活用の戦略策定を開始しています。無線通信をさらに大容量化・高速化するには周波数帯域を大幅に拡張することが求められています。
マイクロ波を共鳴吸収する磁性体は、磁気共鳴が生じる周波数が印加する磁場強度によって変化する特性を用いて、高周波計測装置や電波望遠鏡などに用いられるバンドパスフィルターに使用されており、高周波技術開発に必要不可欠な材料です。しかしながら、既存の磁性材料の周波数は数GHzから70 GHz程度に留まっており、次世代通信技術の開発には全く新しい物理現象の活用が求められていました。
本研究グループは、粒子性と波動性を併せ持つことから次世代情報媒体としての活用が期待される CSL に着目し、マイクロ波分光法を用いて高周波特性を精査したところ、CSLが示す広帯域な集団共鳴運動を観察することに世界で初めて成功しました。CSLの優れた構造制御性によって生じる現象であり、磁気共鳴の周波数をサブテラヘルツ帯まで広帯域に変調するための新原理になります。この広帯域で周波数可変な特性は5Gを超え、次世代通信技術の開発に活用されると期待されます。
本研究成果は、2022年6月17日に米国物理学会が発刊する『Physical Review Letters』)に掲載されました。

<研究の背景>
膨大な情報量が飛び交うスマートシティの実現には無線通信技術の発展が必要不可欠です。日本では既に第5世代移動通信システム(5G)が商用化されていますが、5Gは数GHzから数十GHzの周波数帯域を利用しています。無線通信をさらに大容量化・高速化するには周波数帯域を大幅に拡張する必要があります。2020年の総務省の発表では、5Gの次の世代であるBeyond 5Gとして100 GHz以上の周波数帯域の活用が求められています。また、アメリカ連邦通信委員会は95 GHzから3 THzの周波数帯を第6世代移動通信システム (6G) と位置付けて研究開発を促進しています。いずれも次世代通信システムを担う高周波通信技術であり、その研究開発が喫緊の研究課題であることを物語っています。
マイクロ波を共鳴吸収する磁性体は高周波デバイスとして活用されています。磁気共鳴が生じる周波数は印加する磁場強度によって変わります。この特性を用いて、特定の周波数信号だけを伝えるバンドパスフィルターの実用化や、透過する周波数を変調可変なフィルタデバイスが作製されています。磁性体の周波数可変性は、高周波素子の特性評価を行うネットワーク・アナライザーなどの高周波計測装置にも用いられています。より大規模には電波望遠鏡に利用されています。このように磁性材料は高周波技術開発に必要不可欠な材料です。しかしながら、既存の強磁性材料では、動作可能な周波数は数GHzから70 GHz程度に留まっています。6Gなどの次世代通信技術の開発には全く新しい物理現象を活用する必要があります。

<研究の内容>
強磁性材料よりも高い周波数帯で周波数可変な磁性材料を開発するため、周期変調が可能な長周期磁気構造に注目しました。CSL は、スピンがらせん状にねじれた部位 (ソリトン)が周期的に整列した磁気構造で、キラルな磁性結晶において自然に形成されます。CSL の大きな特徴は、印加する磁場強度を変えることでソリトン同士の間隔、つまり、らせん周期を連続的に変調できることです(図 1 左)。この特性は、微細加工技術を用いて作製されるフォトニック結晶などの周期が固定された人工超構造とは異なります。CSL は高いコヒーレンス性※5と構造制御性を併せ持つ大変珍しい磁気超構造です。
CSL研究の源流は1960年代に遡りますが,2012年にCrNb3S6結晶で戸川教授らが実証したのを皮切りに研究が活発化しました。CSL のダイナミクスに関する研究を切り拓いたのは岸根教授らで、磁気超構造の並進対称性の破れに応じて、磁気超構造の格子振動に該当するCSLフォノン※6と呼ばれる集団運動が起こることを理論予想しました。CSLは 200mT(テスラ)程度(らせん磁性を引き起こすジャロシンスキー・守谷相互作用の強さに対応)のマイルドな磁場で構造を変調することができます。その結果、励起スペクトルとしてのCSLフォノンモードの共鳴周波数も容易に変調できます。CSLフォノンはコヒーレンス性や周期可変性などの CSL が持つ優れた特性を活用したものです。
固体物理において物質が示す周期性は重要な概念の1つです。例えば、結晶中を運動する電子は結晶が示す周期的ポテンシャルのためバンド構造を形成し、分散関係を示します。この分散関係に応じて電子の粒子や波動としての振舞いが決まります。
CSLフォノンの分散関係では、CSLの周期に応じて第一ブリルアンゾーン(BZ)※7が形成されます (図1右)。分散曲線はBZの境界で原点側に折りたたまれ、磁気共鳴の高次モードが幅広い周波数で出現します。大切なのは、CSLの周期が延びるとBZは小さくなり、高次モード間のエネルギーギャップが小さくなることです。つまり、CSLの周期を変えると、高次モードの共鳴周波数も変調されます。CSLフォノンの共鳴現象は従来の強磁性体が示す磁気共鳴より遥かに高い周波数で生じて広帯域に及びます。このように、CSLを示すキラル結晶は次世代通信システムの周波数帯を担う新たな高周波磁性材料としての潜在能力を秘めていますが、CSLフォノンが現実の物質で実現されるとは考えられていませんでした。
今回、本研究グループは、マイクロ波分光法を用いてCSLを発現する典型物質として知られるCrNb3S6磁気結晶が示す高周波特性を精査しました。実験システムを改善して測定感度を向上させることで磁気共鳴の高次モードが16 GHzから40 GHzという幅広い周波数帯で現れることを観測することに成功しました(図2左)。また、実験データを解析することで、高次モードがCSLフォノンであることを実証しました。
CSLフォノンは従来の強磁性共鳴よりも高周波かつ広帯域な範囲で現れます。また、共鳴周波数を変化させるのに必要な磁場の変化幅は、1つ目の高次モードは50 mT、2つ目の高次モードは6 mT、3つ目の高次モードは3 mTであり、小さな磁場変化で周波数を変調することが可能です。実験に用いたネットワーク・アナライザーの上限周波数は40 GHzであり、これが検出限界となります。理論解析によると、3つ目の高次モードは100 GHzを超えて成長すると見積もられます(図2右)。また、実験データからキラル磁性結晶CrNb3S6の反対称性相互作用 (ジャロシンスキー・守谷相互作用)とハイゼンベルグ型の対称性交換相互作用の大きさを見積もることができます。元素置換したCrTa3S6結晶ではその物質パラメーターからCSLフォノンの周波数がさらに高くなり、約450 GHzに到達すると予測されます。

本研究では、周期変調が可能な磁気超構造に固有の集団素励起を世界で初めて観測することに成功しました。サブテラヘルツ帯域まで磁気共鳴の周波数を変調するための新たな指導原理となります。

<期待される効果・今後の展開>
本研究成果は、サブテラヘルツ帯域で動作可能な高周波エレクトロニクス材料として次世代通信システムの技術開発に大きく貢献すると期待されます。本研究では40 GHzまでの観測に成功しましたが、今後はより高周波で観測できるよう研究を進めます。また、物質探索を進めていくことで、室温動作や減衰特性の向上が期待できます。

<資金情報>
本研究は、日本学術振興会 科研費 基盤研究(JP17H02767)、文部科学省 新学術領域研究「量子液晶の物性科学」及び「量子液晶の制御と機能 (計画研究)」(JP19H05822, 19H05826)の助成を受けて行いました。また、日本学術振興会 特別研究員 (No. 21J14431)および大阪府立大学リーディングプログラムから支援を受けて行われました。

<研究体制>
本研究は、大阪公立大学の島本雄介博士研究員と戸川 欣彦教授らが実験的検証を、放送大学の岸根 順一郎教授らが理論的考察を進めました。また、キラル磁性結晶の創製は、大阪公立大学の研究グループが担当しました。

■ 用語解説
※1 キラル磁性結晶

結晶構造にキラリティ(対掌性)を有する磁石のこと。キラル磁性結晶では、隣り合うスピンを垂直にひねる反対称性交換相互作用(ジャロシンスキー・守谷相互作用)が働くため、キラル磁気ソリトン格子やキラル磁気スキルミオンといったらせん状の磁気構造が発現する。

※2 キラル磁気ソリトン格子
キラル結晶軸が単数の(単軸性の)キラルな磁石では、磁石が片巻きのらせん状に配列したキラルならせん磁気秩序が現れる。特に、キラル結晶軸に垂直な方向へ加えた磁場中では、キラルらせん磁気秩序のねじれが周期的にほぐれ、“キラル磁気ソリトン格子”と呼ばれる非線形で周期的な磁気秩序が現れる。

※3 サブテラヘルツ帯
電磁波の周波数のことで 1011Hz から 1012Hz (100 GHz-1THz) までの周波数の幅(帯域)を意味する。ここで Hz(ヘルツ)は周波数の単位。周波数が 1011Hz – 1013Hz の帯域にある電磁波はその目安となる周波数の大きさ 1012 を示す接頭語 T (テラ) にちなんでテラヘルツ波と呼ばれている。サブテラヘルツ帯にある電磁波を用いた通信技術の開発は Beyond 5G に向けた重要な課題となっている。

※4 超構造
同じ原子配列(単位構造)を規則的に並べることで結晶は形成されるが、単位構造よりも巨視的なスケールで現れる周期構造は、超構造あるいは超格子と呼ばれる。

※5 コヒーレンス性
波の持つ性質の一つで、波の位相が揃っている状態を指す。物理学においては、基礎及び応用の両面から重要な概念である。例えば、波の位相がバラバラなインコヒーレントな白色光に対し、コヒーレントな光は強い指向性を持ったレーザー光になる。

※6 フォノン
結晶中の原子の振動を量子力学的に記述したもの。原子は結晶中でばらばらに振動するのではなく、全体で一体となって波のように振動している。この振動をエネルギーを持つ粒子として考える。これは波と粒の性質を併せ持つ量子状態であり、この量子化された結晶中の原子の集団運動をフォノンと呼ぶ。

※7 ブリルアンゾーン
結晶などの周期構造において、回折条件を説明するのに用いられる概念であり、ブリルアンゾーンの境界にある波は回折条件を満たす。

■掲載誌情報
【発表雑誌】Physical Review Letters
【論 文 名】
Oservation of Collective Resonance Modes in a Chiral Spin Soliton Lattice with
Tunable Magnon Dispersion

【著 者】
Y. Shimamoto, Y. Matsushima, T. Hasegawa, Y. Kousaka, I. Proskurin, J. Kishine, A. S. Ovchinnikov, F. J. T. Goncalves and Y. Togawa

【掲載 URL】
https://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRevLett.128.247203

【研究内容に関する問い合わせ先】
大阪公立大学大学院 工学研究科
教授 戸川 欣彦
T E L:072-254-8216
MAIL:ytogawa@omu.ac.jp

【報道に関する問い合わせ先】
大阪公立大学 事務局企画部 広報課
担 当:長谷川
T E L:06-6605-3411
MAIL:koho-upco@list.osaka-cu.ac.jp

出典:
https://www.omu.ac.jp/assets/press_220621.pdf

記事の追加及び削除:
記事の追加あるいは削除を希望される場合、お手数ではございますが、以下窓口までご連絡ください。
info@symphotony.com

この情報へのアクセスはメンバーに限定されています。ログインしてください。メンバー登録は下記リンクをクリックしてください。

既存ユーザのログイン
   
新規ユーザー登録
*必須項目