(テラヘルツ関連)東京大学他/室温で駆動する新しい量子トンネル磁気抵抗効果の発見

― ピコ秒帯域で駆動する超高速・高密度・低消費電力メモリの開発へ大きな一歩 ―
1.発表のポイント:
◆ 近年、現状のシリコン半導体技術の性能を超えた高速、かつ、低消費電力な情報処理技術の開発が強く求められている。従来型の低消費電力な不揮発性の磁気抵抗メモリ(MRAM)は強磁性体の磁化が必要であり、そのため処理速度はギガヘルツ(GHz)帯域(ナノ秒帯域)にとどまっていた。この常識を破る『磁化が不要な量子トンネル磁気抵抗効果』の実現に初めて成功。
◆ MRAM の心臓部であるトンネル磁気抵抗素子の磁性層に、磁化を持たない反強磁性体が適用可能であることを実証。
◆ SRAM 代替が可能なテラヘルツ(THz)帯域(ピコ秒帯域)で駆動する超高速・高密度・低消費電力メモリの開発へ道を拓く。

2.発表概要:
東京大学大学院理学系研究科、物性研究所、および先端科学技術研究センターの研究グループは、反強磁性体(注 1)Mn3Sn が磁化を持たないにも関わらず室温で量子トンネル磁気抵抗効果(注 2)を示すことを世界に先駆けて発見しました。

Mn3Sn は磁化を持たないにも関わらず巨大な異常ホール効果(注 3)を示すことが知られていました。今回の、電気的な出力を飛躍的に増大させることのできる量子トンネル磁気抵抗効果の発見は、これまで不可能と思われていた THz 帯の動作速度で駆動する超高速・高密度・低消費電力メモリの実現に向けた大きな一歩です。本発見は今後大きく注目される量子技術であり、アカデミックなインパクトのみならず、産業界においても大きな波及効果をもたらすことが期待されます。

近年の情報技術、AI、IoT の発展により、データトラフィックは指数関数的に上昇し、データ処理・伝送に必要な消費電力の削減が大きな課題になっています。また今後のクラウドやエッジコンピューティングを用いた自動運転や遠隔医療、工場の自動操業などのサービスの実現には大量のデータを高速で処理する必要があります。そのため、現状のシリコン半導体技術の性能を超える高速、かつ、低消費電力な情報処理技術の開発が求められています。このような状況の中、待機時に電力を必要としない不揮発性メモリ(注 4)として、現在、商業化が進んでいるものに磁気抵抗メモリ(Magnetoresistive Random Access Memory: MRAM)(注 4)があります。

MRAM は不揮発性による低消費電力のみならず、繰り返し耐性が非常に高いことからもDynamical RAM(DRAM)(注 5)に取って代わる次世代のメモリとして注目されています。しかし、MRAM の動作周波数は 100MHz から 1GHz 程度であり、Static RAM(SRAM)(注 5)の置き換えにはスピードが足りません。そこで今後の情報処理と伝送のさらなる高速化を見据えて、(i)SRAM よりも高速な 1THz 程度での動作が可能であり、さらに (ii) 複雑な構造の SRAM よりも大幅に微細化可能な MRAM の開発が望まれていました。

THz 動作特性を持つ磁性体としては反強磁性体が知られています。従って、MRAM に使われている強磁性体(注 1)を反強磁性体に置き換えることにより高速化が可能となります。また、反強磁性体は磁化が無視できるほど小さいため、素子化した際に磁性層間の漏れ磁場の影響を受けない性質があります。従って、大幅な微細化も期待できます。

一方で、反強磁性体が有する、磁化がないあるいはごく小さいことによる利点は、反強磁性体への情報の書き込み及び読み出しが困難であるという課題にもなります。反強磁性体への書き込みについては、本研究グループにより強磁性体の場合と同様のスピン(注 1)軌道トルクという手法を用いた新規書き込み方法が見出されています(2020 年及び 2022 年に Nature 誌発表)。読み出しについては MRAM で必須の量子トンネル磁気抵抗効果の利用が望ましいとされますが、この効果は磁化を持つ強磁性体でのみで観測されるため反強磁性体では現れないと考えられてきました。
本研究グループは、特異な磁気構造とトポロジカルな性質を持つ反強磁性体 Mn3Sn を用いて、世界で初めて反強磁性体において量子トンネル磁気抵抗効果の観測に成功しました。今回観測された磁気抵抗の変化は 1~2%です。さらに、理論的には現在強磁性体で見られる値と同程度まで増強可能であることも明らかにしました。今後、THz 帯域で駆動する超高速 MRAM の開発が期待されます。

本研究成果は英国の科学誌「Nature」において、2023 年 1 月 18 日付けオンライン版で公開される予定です。

3.発表内容:
研究の背景
シリコンベースの半導体は今や 2 ナノメートル(nm)プロセスの時代に入りました。しかし、高性能化の鍵となる情報記録密度の増加

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