(テラヘルツ関連)東京大学/一次元モット絶縁体において 励起子の量子干渉によるテラヘルツ放射に成功

――固体の物性制御のための新しい光として活用へ――

発表のポイント

  • 一次元モット絶縁体において、2色のフェムト秒パルスを使って奇と偶の対称性を持つ励起子を生成させると、それらの間に量子干渉が生じることによって、テラヘルツパルスが高効率に放射されることを明らかにしました。
  • 奇対称性と偶対称性の2つの励起子が生成する時間差をアト秒(=10−18秒)の精度で調整することによって、放射されるテラヘルツパルスの位相、周波数、振幅を制御できることを実証しました。
  • 本手法によって得られる位相可変なテラヘルツパルスは、固体の電子状態や物性を高速に制御するための新しい励起光源としての活用が期待されます。

発表概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科の宮本辰也助教(研究当時)、尤仕佳大学院生、岡本博教授らの研究グループは、一次元モット絶縁体(注 1)である[Ni(chxn)2Br]Br2(chxn:シクロヘキサンジアミン)において、三次の非線形光学効果(注 2)を利用して、位相が可変なテラヘルツパルスを高効率に発生させることに成功しました。

テラヘルツパルスとは、周波数が約1テラヘルツ(1012ヘルツ)、周期が約1ピコ秒(10-12秒)であり、ほぼ1周期だけ振動する電磁波を指します。このテラヘルツパルスは、固体中の素励起(注 3)を調べるために幅広く利用されています。最近では、テラヘルツパルスの高強度化が可能となり、それを用いた固体の物性制御に関する研究も盛んに行われるようになってきました。テラヘルツパルスは、通常、反転対称性が無い透明な結晶にフェムト秒パルス(注 4)を照射したときに生じる二次の非線形光学効果を利用して発生させます。しかし、この方法では、発生するテラヘルツパルスの位相や周波数を制御することが難しいという問題がありました。

研究グループは、[Ni(chxn)2Br]Br2 に2色のフェムト秒パルスを照射して奇と偶の対称性を持つ2つの励起子(注 5)を生成すると、これらの励起子間に量子干渉(注 6)が起こり、強いテラヘルツパルスが発生することを見出しました。この手法において、2色のフェムト秒パルスの周波数を適切に選択し、それらを試料に入射する時刻の差をアト秒の精度で調整することにより、テラヘルツパルスの位相、周波数、振幅を精密に制御できることを実証しました。さらに、この手法を利用して、一次元モット絶縁体の励起子の位相緩和時間(注 7)を評価し、その値が通常の無機半導体と比較して極めて短いことを明らかにしました。

本手法を用いて得られる位相可変なテラヘルツパルスは、固体の電子状態や物性を高速に制御するための新しい励起光源として利用されることが期待されます。

本研究の成果は2023年10月13日付けで、米国科学誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。

発表内容
〈研究の背景〉

最近のフェムト秒レーザー技術の進歩によって、電場振幅が1 MV/cm、磁場振幅が0.3テスラを超えるテラヘルツパルスを発生させることが可能になってきました。このような高強度テラヘルツパルスは、固体の電気伝導性、誘電性、磁性、超伝導性、トポロジー(注 8)などの物性を高速に制御するための励起光源として利用されています。もし、テラヘルツパルスの位相、周波数、振幅を自由に変化させることができれば、そのような高速の物性制御のためにさらに有効に利用できると考えられます。テラヘルツパルスは、通常、可視域のフェムト秒パルスを非線形光学結晶に照射して、光整流効果(注 9)と呼ばれる二次の非線形光学効果によって発生させます。しかし、この方法では、発生するテラヘルツパルスの位相や周波数を制御することが難しいという問題がありました。

〈研究の内容〉
本研究では、位相可変なテラヘルツパルス発生法を確立するために、周波数がと2の2色のフェムト秒パルスによる三次の非線形光学効果に焦点を当てました(図 1(a)の左図)。この手法では、2つの励起パルス光を物質に照射する時刻の差(∆t)を調整することによって、テラヘルツパルスの位相を制御できる可能性があります。これまで、シリコン(Si)やゲルマニウム(Ge)などの通常の半導体において、この手法によってテラヘルツパルスが放射されることが報告されていますが、その位相を自由に制御することはできていません。


この手法を用いて、∆t、つまり、2つの励起子の生成時間の差を10アト秒の精度で調整すると、テラヘルツパルスの振幅や位相を制御できることを実証しました(図 2)。テラヘルツパルスの中心周波数も、∆tを変えると一定の範囲で制御することが可能です。また、このテラヘルツ放射の効率は、通常の半導体と比較して極めて高いことがわかりました。これは、一次元モット絶縁体の強い電子相関に基づく大きな三次の非線形感受率によるものです。

さらに、テラヘルツ放射強度の∆t依存性を詳細に解析することにより、[Ni(chxn)2Br]Br2 における偶対称性を持つ励起子の位相緩和時間が約 40 フェムト秒であることがわかりました。これは、無機半導体の典型的な値(10 ピコ秒)よりもはるかに短い値です。このような短い位相緩和時間は、一次元モット絶縁体の特徴であると言えます。

発表者
東京大学大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻
宮本 辰也(研究当時:助教)
<現在:名古屋工業大学大学院工学研究科 工学専攻物理工学系プログラム 准教授>
尤 仕佳(大学院生)
岡本 博(教授)

論文情報
〈雑誌〉
Nature Communications

〈題名〉
Terahertz radiation by quantum interference of excitons in a one-dimensional Mott insulator

〈著者〉
Tatsuya Miyamoto, Akihiro Kondo, Takeshi Inaba, Takeshi Morimoto, Shijia You and Hiroshi Okamoto

〈D O I〉
10.1038/s41467-023-41463-8

〈U R L〉
https://doi.org/10.1038/s41467-023-41463-8

研究助成
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(課題番号:JP20K03801, JP21H04988)、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)(課題番号 JPMJCR1661)の一環で実施されました。

用語解説
(注 1)モット絶縁体

通常のバンド理論では、価電子帯が半分までしか満たされていない物質は金属になる。一方、電子同士に強いクーロン反発が働く場合、電子は互いに避け合って局在化する。このとき、物質は金属ではなく絶縁体になる。このような絶縁体をモット絶縁体という。

(注 2)非線形光学効果
物質に光を入射すると、光の電場に比例した分極が発生する。一方、レーザーパルス光を使って強い電場振幅を持つ光を物質に入射した場合、光の電場に対して非線形に分極が発生するようになる。この現象は、非線形光学効果と呼ばれている。光の電場の二乗に比例して分極が発生する二次の非線形光学効果は、物質の反転対称性が破れている場合に現れる。一方、光の電場の三乗に比例して分極が発生する三次の非線形光学効果は、あらゆる物質において現れる効果である。

(注 3)素励起
物質に存在する基本的な励起状態を量子力学的な粒子とみなしたもの。例えば、格子振動やスピン波に対応するフォノンやマグノンなどの素励起が存在する。

(注 4)フェムト秒パルス
数百フェムト秒(1フェムト秒=10−15秒)あるいはそれ以下の時間幅を持つパルス光のこと。本研究では、100 フェムト秒の時間幅のパルスを用いている。(注 5)奇と偶の対称性を持つ2つの励起子電子と正孔が引力によって引かれ合い束縛された状態を、励起子という。一次元モット絶縁体では、強い電子相関の効果によって、奇の対称性の励起子|o⟩と偶の対称性の励起子|e⟩は、それぞれ、図 1(b)の青線と赤線のように左サイトへの励起と右サイトへの励起の重ね合わせ状態として表される。そのため、2つの励起子の波動関数は位相を除いてほぼ同じ形状となり、それらのエネルギーもほぼ縮退することになる。

(注 6)量子干渉
量子力学的に振る舞う粒子は波としての性質を持つ。そのため、近いエネルギー(周波数)を持つ2つの粒子が存在する場合、それらの波同士が干渉して強め合ったり弱め合ったりする。
これが量子干渉である。ここでは、奇と偶の対称性を持つ励起子が量子干渉を起こした結果、テラヘルツパルスが放射される。

(注 7)位相緩和時間
量子力学的に振る舞う粒子の位相が乱れるまでに要する時間を位相緩和時間という。本研究では、偶の対称性を持つ励起子の波動関数の位相緩和時間を議論している。

(注 8)トポロジー
トポロジーとは、固体物理学における位相幾何学的な性質のことである。例えば、物質内部は絶縁体であるが、表面だけに電気を流すようなトポロジカル絶縁体は、トポロジーの観点から理解することができる。

(注 9)光整流効果
異なる2つの周波数を持つ光を物質に照射すると、二次の非線形光学効果である差周波発生過程によって、それらの差の周波数を持つ電磁波が放射される。フェムト秒パルス光は広い周波数帯域を持つため、それを空間反転対称性の破れた物質に入射すると、パルス内に存在する 2つの周波数の光の間の差周波発生過程によってテラヘルツ波が放射される。これが光整流効果である。

(注 10)遷移双極子モーメント
ある電子状態から別の電子状態に移るときに生じる電荷の偏り(電子双極子モーメント)の大きさのこと。

出典:
https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/upload/ea8e9412c586b24d9333603cabdafbfb69ad4ddd.pdf

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