Beyond 5G/6Gに向けた高速化に大きな進展
研究成果のポイント
- 光技術を用いることにより、サブテラヘルツ帯の超低雑音信号発生器の開発に成功
- 上記の信号発生器を送信機と受信機の双方に用いた300GHz帯無線通信システムにより、シングルチャネルで世界最高の伝送速度240Gbit/sを達成
- Beyond 5G/6Gに向けた300GHz帯無線通信技術の進展に大きく貢献
概要
大阪大学大学院基礎工学研究科の永妻忠夫教授、前川慶介特任准教授(常勤)、大学院生の仲下智也さん(博士前期課程)、吉岡登暉さん(博士前期課程)らとIMRA AMERICA, INC.の共同研究グループは、300GHz帯無線通信システムの送受信器に、光技術を利用した超低雑音サブテラヘルツ信号発生器を用いることにより(図1)、シングルチャネルでの無線通信システムの伝送速度として世界最高となる240Gbit/sを達成しました(図2)。
今回開発した超低雑音サブテラヘルツ信号発生器は、「ブリルアン光源」と呼ばれる光信号発生器と、光信号を電気信号に変換するためのフォトダイオードで構成されています。これまでの純電気的にサブテラヘルツ信号を生成する方法では、周波数逓倍器を用いているため、振幅雑音に加えて、位相雑音と呼ばれる周波数の揺らぎが生じ、通信の高速化を妨げる原因になっていました。今回開発した超低雑音光源を用いたサブテラヘルツ信号発生器は、従来に比べ、電力密度に換算して100分の1以下の位相雑音を実現しました(図3)。
本研究成果の一部は、電子情報通信学会IEICE Electronics Expressで、2023年12月25日にオンライン先行公開されました。
研究の背景
我が国では、2020年より第5世代移動通信システム「5G」のサービスが始まりました。今、次の世代となる「Beyond 5G/6G」に向けた研究開発が、2030年代の商用化を目指して、世界中で活発化しています。「Beyond 5G/6G」で目指している性能指標のひとつである「高速・大容量」化は、「5G」の10倍から100倍、すなわち、100Gbit/s~1Tbit/sです。これを実現するための有効な手段のひとつとして、広い周波数帯域を確保できる100GHz~300GHz(サブテラヘルツ)の電波の利用が期待されています。さらに高速化のためには、周波数利用効率の高い多値変調方式を用いることが有効です。
サブテラヘルツ帯で多値変調を行う上での大きな課題のひとつは、信号発生器の振幅雑音と位相雑音でした。このため、通信速度の高速化に限界がありました。
研究の内容
本研究では、サブテラヘルツ信号の発生、制御、検出において、光通信技術で培われてきた、光通信波長(1.55μm)帯レーザ、光変調器、フォトダイオードに加え、図4に示す構成の「ブリルアン光源」と呼ばれる光信号発生器を送受信システムに用いています。ブリルアン光源の特徴は、半導体レーザで発生させた2つの波長の異なる光波を、高安定の光ファイバ共振器(共振器長75m)に注入して、その共振周波数にロックさせることにあります。また、光ファイバを伝搬する光信号の線幅は、誘導ブリルアン散乱現象で狭窄化され、サブテラヘルツ波の周波数ゆらぎを一層向上させることに寄与します。
図1に示した無線通信システムにおいて、まず送信側では、ブリルアン光源から発生した2つの異なる波長の光を2つの光路に分岐します。一方の波長の光は、ディジタルコヒーレント光通信で用いられている多値光変調器により、16QAM~256QAM(QAM: quadrature amplitude modulation)変調された光信号を生成します。もう一方の波長の光は変調を施さず、光合波器を用いてディジタル変調された光と合波されます。この合波された光をフォトダイオードで電気信号に変換すると、2波の波長差に対応した周波数をキャリア信号とする電波に変換することができます。実験では、波長差を約2.2nmとすることでRFキャリア周波数を275 GHzに設定しました。電波はアンテナから放射され、所望の距離に配置されたアンテナで受信されます。
アンテナで受信したRF信号は、サブハーモニックミキサを使って、10GHz~30GHzの周波数IF(IF: intermediate frequency)信号に変換されます。例えば、20GHzのIF周波数を得るためには、周波数127.5GHzのLO(LO: local oscillator)信号をサブハーモニックミキサに印加します。従来技術では、このLO信号も送信器側のRF信号と同様に、10GHz~30GHzのマイクロ波信号を周波数逓倍器により10倍~30倍の周波数に変換する手法を用いていました。その結果、生成されたRF/LO信号は、振幅雑音や位相雑音が大きいという問題がありました。今回、RF/LO信号の双方の発生に「ブリルアン光源」を用いることにより、振幅雑音や位相雑音を従来の100分の1以下に低減することが可能になりました。
IF信号は、増幅した後、リアルタイムオシロスコープと呼ばれるディジタル信号解析装置で、元のデータ信号に復調されます。リアルタイムオシロスコープでは、復調した信号をコンスタレーションとして表示し、ビット誤り率(BER: bit error rate)を計測して、所望の伝送速度の無線通信が成功したか否かを判定します。
図2は、ホーンアンテナ(利得24dBi)を送受信に用い、距離3cmで64QAM変調の通信を行った場合の実験結果の一例です。同図は、送信器のフォトダイオードに流れる電流を変えたとき、すなわち送信電力を変えたときの、ビット誤り率(BER)を計測したものです。送信電力を増やすとBERが減少し、6mA(送信電力として約70μWに対応)で、前方誤り訂正技術のひとつであるHD-FECリミットと呼ばれるBER(3.8×10-3)を下回る値に達しました。ディジタル変復調を用いた通信の研究開発では、このHD-FECリミットのビット誤り率に到達するか否かで、通信の成否を判断しています。図中は、HD-FECリミットを超えた時のコンスタレーションを計測したものです。26 (=64)点がそれぞれディジタル情報を表現し、各情報点がクリアに判別できていることが分かります。64QAMは一度に6ビットのデータを送受信することに対応し、伝送速度として240Gbit/sを達成しました。もうひとつの前方誤り訂正技術であるSD-FECリミットと呼ばれるBER値(2.2×10-2)では、252Gbit/sに達しています。なお、HD-FECリミットの方が達成のためのハードルが高いですが、受信器側の低消費電力化に適しています。また本研究では、256QAMまで100Gbit/s超伝送に成功しており、いずれもシングルチャネルでの世界最高の伝送速度です。
さらに、アンテナをホーンアンテナから利得の高いカセグレンアンテナ(設計利得50dBi)に替えて、通信距離を20mまで長尺化した実験を行いました。図5は、通信実験の様子です。実験室内での無線伝送の実験のため、反射鏡を使って、片道10mの折り返し伝送を行いました。32QAM変調時で、200Gbit/s(HD-FECリミット)を達成しました(図6)。
現在、フォトダイオードの改良による送信電力の増加、受信素子の高感度化、ならびにアンテナの高利得化により、さらなる高速化と200m以上の長尺化を目指した研究開発を進めています。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本成果は、「5G」の10倍から100倍の通信速度の達成を目指している「Beyond 5G/6G」社会の実現に向けて、これまでの無線通信速度の壁を破る技術です。本成果の基礎となる技術は、光ファイバ通信技術との相性がよいことから、今後、有線の光ファイバ通信と無線通信とを同等の伝送速度で自在に繋げた、大容量、超低遅延通信ネットワークの実現が期待されます。これは、「Beyond 5G/6G」が描く、サイバーフィジカルシステムを支える重要な基盤技術となります。
特記事項
- 本研究成果は、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT(エヌアイシーティー))の委託研究、Beyond 5G 研究開発促進事業機能実現型プログラム一般課題(JPJ012368C-00901)により得られたものです。
- 成果の一部は、電子情報通信学会IEICE Electronics Expressで、2023年12月25日にオンライン先行公開(https://doi.org/10.1587/elex.20.20230584)されました。
参考URL
永妻忠夫教授 researchmap
https://researchmap.jp/tn-1958
SDGsの目標
出典:
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2024/20240131_1
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