2021年9月6日
国立大学法人筑波大学
〜次世代の光メモリーなど新デバイス開発に貢献〜
現代社会で私たちの身の回りの生活や産業を支える根幹的な技術が、半導体を利用したエレクトロ ニクス(電子工学)やオプトエレクトロニクス(光電子工学)です。そこで使われるデバイスを微細化 することで、省電力化や高速化が進んできました。半導体素子の単位は10nm(ナノメートル、ナノは10億分の1)を下回る領域に入り、動作時間のスケールも1ps(ピコ秒、ピコは1兆分の1)に迫っています。更なる性能向上が進められていますが、その進歩故にデバイスの性能を測定することさえ困難になってきました。現在は、デバイス中の原子1個1 個を区別しながら1psより十分に速い時 間領域で物質の電気的特性を調べたり、撮像したりする技術の確立が求められています。
固体表面のイメージングでは、「走査型トンネル顕微鏡(STM)」という装置が用いられてきまし た。先端が原子1個ほどの細さの金属探針に電圧をかけ、探針と試料との間に流れる電流を測定して イメージングします。STMではこれまで、テラヘルツ(THz)電磁波を用いることで、1ピコ秒の時 間精度で1nm より小さな原子で構成される半導体表面の構造や電子状態を実空間イメージング計測する技術が確立されていました。
本研究では、中赤外線と呼ばれる光を利用した新しい技術を用い、従来と比べ30倍速い30fs(フェムト秒、フェムトは1000兆分の1)の世界の時間領域(≒30兆分の1秒)で、原子や電子の動きを実空間(3次元空間)イメージング計測できる時間分解STM法を世界で初めて開発しました。
次世代電気デバイス材料として期待がかかる層状半導体MoTe2(二テルル化モリブデン)試料に本手法を適用し、試料に瞬間的に光を当て、その後の変化を観察しました。その結果、MoTe2のバンドギャップエネルギー(材料の電子状態を定める特性の一つ)が光励起により変化する様子を、従来にな い時間精度で、直接観察することができました。
本手法の登場により、次世代の光メモリーや光電変換デバイスなど新たな材料や素子の開発・機能開拓の進展が期待されます。
研究代表者
筑波大学数理物質系 物理工学域/イノベイティブ計測技術開発研究センター
重川 秀実 教授
嵐田 雄介 助教
研究の背景
私たちの身の回りの生活や産業は多種多様な技術によって支えられています。現代社会でその根幹となるのが半導体を利用したエレクトロニクスやオプトエレクトロニクスです。そこに使われるデバイス は、微細化による省電力化や高速化が期待されており、現在では半導体素子の単位は10nm(ナノメートル、ナノは10億分の1)を下回る領域に入りました。動作する時間スケールも1ps(ピコ秒、ピコは1兆分の1)に迫るものとなっています。更なる性能向上が今なお世界中で進められていますが、その進歩故にデバイスの性能を測定することさえ困難になってきました。今、デバイス中の原子1個1個を区別しながら1ピコ秒より十分に速い時間領域で物質の電気的特性を知ったり、撮像したりする技術の確立 が大きく求められています。
固体表面の原子の像のイメージングは光学顕微鏡では困難で、走査型トンネル顕微鏡法(STM)注1)のような方法が用いられます。これまで、先端的方法によりテラヘルツ(THz)電磁波注2)を1psの間だけ生じさせ、STMの金属探針に照射させることで、1psの時間精度で1nmより小さな原子で構成される半導体表面の構造や電子状態を実空間イメージング計測する技術(THz-STM)が確立されていました。本研究では、テラヘルツ電磁波ではなく中赤外線を利用した新しい技術を開発することで、これまでより30倍速い30fs(フェムト秒、フェムトは1000兆分の1)の時間領域(≒30兆分の1秒)の世界で 原子や電子の動きを実空間イメージング計測することが可能な技術を発明しました。
研究内容と成果
これまで、短い時間だけSTMの金属探針先端―試料の領域に光を照射することで、その瞬間の原子画 像を撮影する試みへの挑戦が行われてきました。しかし、光は電場の値が周期的に振動する電磁波の一種 であるため、1周期以上の周期を持つ光パルスをSTMに照射すると、プラスとマイナスの電流が交互に流れてしまい、平均するとゼロ、すなわち測定できないという問題がありました。そこで、THz-STMなどが開発されてきましたが、本研究チームは、中赤外線パルスを用いることで、世界に先駆け30fsより高い時間分解能を持つSTMを実現しました。
まず8fs秒の近赤外線(NIR)パルスを出力するレーザーを用意し、非線形波⻑変換注3)という現象を利用して1周期以下(30fsより短い時間)の間だけ強い電磁波を生じる中赤外線(MIR)パルスを生成します。これをSTMの金属探針―試料の領域に効率的に照射することで、30fsより短い時間だけ流れる電流を測定できる新しい時間分解顕微鏡法「MIR-STM」を開発しました。図1(a)に装置の写真、図 1(b)に装置の概略図を示します。
NIRパルスレーザーを厚さ30μm(マイクロメートル、マイクロは100万分の1)のフィルム状結晶GaSe(セレン化ガリウム)に照射し、1周期以下のMIRパルスを生成するところが要素技術です。これを先端的な光学部品を用いて真空容器の中に置かれたSTMまで導きます。この時、NIRパルスとMIRパルスの両方を透過させられるように真空容器の窓にダイヤモンド材料を用いました。大気と真空の差 圧に耐える厚さ(0.5mm)で、ビームサイズより十分大きい面サイズのものが欲しいのですが、今のところ手に入る最大サイズとして12mmとなっています。
ここでもう一つ課題がありました。MIRパルスが1周期以下の時間幅を保ちながらSTMの金属探針の先端に照射されている様子を計測する方法がなかったのです。そこで本研究では、光電効果注4)により 生じる電流を利用してMIRパルスの時間波形を測定する手法を新たに確立しました。図 2(a)にその概略図を、図2(b)に実際に測定したMIRパルスの時間波形を示します。27fsの時間スケールで変化する1周期以下の電磁場が金属探針先端に生じていることが確認できました。
これらの技術を駆使し、層状半導体MoTe2(二テルル化モリブデン)試料に瞬間的に光を当て、その後の変化を時間分解MIR-STM測定することで、電子が励起される様子や、励起された電子が平衡状態に緩和する超高速の過程を、個々の原子の動きも観察しながら実空間イメージングすることを試みました。MoTe2は次世代のエレクトロニクスを担う物質として注目されている新規材料の一つです。図 3(a) が試料のある位置において流れる電流の時間波形です。30fsより短い時間領域で変化する電流の観察に成功しました(挿入図)。また、τ1=220fsで増加してτ2=720fsで減少する電流変化の起源はMoTe2のバンドギャップ注5)の超高速変化に由来しています。バンドギャップとは半導体の持つ重要な特性の一つで、現代のエレクトロニクスではこれが時間変化しないものとして設計されています。ナノスケールかつ超短時間領域でバンドギャップが変化する様子を実際に観察できたことは、新しい動作原理を持つデバイスの創成などにつながると期待されます。
図 3(b)に、MIRパルスを用いず測定した通常のSTM原子画像を示します。MoTe2の結晶構造を反映した画像が得られています。一方、図 3(c)に、光の照射から210fsだけ時間が経過した時点でのMIR照射による電流のみを抽出した原子画像を示します。(b)と(c)は同じ構造が観察できています。その比較から、光照射によって原子が抜けて欠陥が生じた様子や、結晶構造が異なる相に変化するのではなく、電子の挙動が試料のバンド構造を変化させている様子が分かります。本研究で開発した装置で、30fsより高い時間分解能と原子1個1個を観察するSTMの空間分解能が両立していることが確認できました。
今後の展開
本研究により、半導体表面の原子や電子の動きを30fsより高い時間分解能で捉えることが可能となりました。この時間領域では、従来のトランジスタの基本原理となっていた電流−電圧特性の様子が動的に変化します。このため、それらを直接観察することを可能とする本技術を用いることで、次世代の電気デバイス発明の起源となるような、新しい動作原理の電気伝導現象を微視的な観点から発見することが期待されます。フェムト秒の世界は、物理現象の他に多くの化学反応が起きる時間スケールです。このような極限的な空間・時間領域では、原子の位置の動的変位(格子振動などと呼ばれる)と共に伝導特性などが大きく変化することが予想されています。今後はこうした現象を解明していきたいと考えています。更に、化学反応を動画として理解することで、新しい分子デバイスや新しい化学反応経路の創出にもつながることが期待されます。
参考図
用語解説
注1) 走査型トンネル顕微鏡法(STM)
量子力学で説明されるトンネル効果を利用した原子レベルの空間分解能を持つ顕微鏡。発明者は1986年のノーベル物理学賞を受賞した。細い金属探針と試料の間に流れるトンネル電流が探針・試料 間距離に指数関数的に依存することを用い、原子レベルの空間分解能を実現している。電子状態を調べることに加え、原子を操作 (マニピュレーション)することも可能。
注2) テラヘルツ(THz)電磁波
光波と電波の中間領域の周波数 1 テラヘルツ(THz、波⻑ 300マイクロメートル)前後の電磁波。近年、超短パルスレーザーにより高強度のテラヘルツ電磁波パルスの発生が可能となった。
注3) 非線形波⻑変換
物質に強い光を照射した際に光の色(波⻑)が変化する現象の一つ。本研究では波⻑〜0.8μmの近赤外光を波⻑〜10μmの中赤外光に変換している。
注4) 光電効果
アインシュタインが発見した量子力学的現象の一つ。高いエネルギーの光を吸収した電子が真空中に飛び出る現象。
注5) バンドギャップ
半導体において電子が存在できないエネルギー領域を指す。半導体に特有の電気的特性の起源となっ ている。
研究資金
本研究は、科学研究費(17H06088, 20H00341, 20H05662)を中心とした研究プロジェクトの一環として 実施されました。
掲載論文
【題名】
Subcycle mid-infrared electric-field-driven scanning tunneling microscopy with a time resolution higher than 30 fs
(1周期以下の中赤外光の電場を用いた30フェムト秒より高い時間分解能を持つ走査型トンネル顕微鏡法の開発)
【著者名】
嵐田雄介、茂木裕幸、石川雅士、五十嵐一歩、畑中陽、梅田直輝、Jinbo Peng、吉田昭二、武内修、重川秀実=いずれも筑波大学数理物質系
【掲載誌】 ACS photonics
【掲載日】 2022 年9月2日
【DOI】 https://doi.org/10.1021/acsphotonics.2c00995
問合わせ先
【研究に関すること】
重川 秀実(しげかわ ひでみ)
筑波大学数理物質系/イノベイティブ計測技術開発研究センター 教授
URL: https://dora.bk.tsukuba.ac.jp
【取材・報道に関すること】
筑波大学広報局
TEL: 029-853-2040
E-mail: kohositu@un.tsukuba.ac.jp
出典:
https://www.tsukuba.ac.jp/journal/pdf/p20220906140000.pdf
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info@symphotony.com
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