―電気的撮影法と光学的撮影法の谷間であるナノ秒撮影問題を解決―
発表のポイント
- 色の異なる光パルス列をナノ秒間隔で生成する精密な光学システムを開発し超高速撮影を行うことで、従来の高速度撮影法が抱えていたナノ秒撮影問題を解決しました。
- 実証例として、細胞中を伝播する衝撃波ダイナミクスを世界で初めて可視化しました。また、ガラスの超短パルスレーザ加工において、プラズマ(ピコ秒)、衝撃波(ナノ秒)、加工毎のガラス形状(ミリ秒)という異なる時間スケールで変化する現象を同時に可視化しました。
- 未知の高速度現象の学理解明や、動的プロセスの解析および応用に向けた実世界データの高速なデータベース構築など、バイオ・医療、ものづくり、材料、環境・エネルギーなどの分野で、基礎科学から産業まで広く貢献することが期待されます。
概要
東京大学大学院工学系研究科の佐伯峻生大学院生、中川桂一准教授、佐久間一郎教授らの研究チームは、従来の高速度撮影技術が抱えていた、ナノ秒時間領域における計測時間スケールのギャップを埋める撮影法の開発に成功しました。本研究では、フェムト秒という極めて短い時間幅をもつ超短パルスから色の異なるナノ秒間隔の光パルス列を生成する精密な光学システムを開発することで、ナノ秒の時間領域で生じる現象をブレなく撮影する技術を確立しました。実証例として、細胞中の衝撃波の伝播過程を世界で初めて捉え、細胞中の衝撃波速度の変化を実験的に示しました。また、ピコ秒、ナノ秒、ミリ秒という複数の時間スケールにまたがり、超短パルスレーザ加工(注1)の全ての加工パルスにおけるプラズマや衝撃波という物理過程の同時撮影を達成しました。本手法は、複数の時間スケールをまたぐ一気通貫のデータ取得による高速度現象の理解や、機械学習等で用いるための高速な動画像データベース構築の強力なツールとして、基礎研究から産業まで広く貢献することが期待されます。
発表内容
〈研究の背景〉
高速度撮影は動的な現象を観察するために重要な技術であり、150年以上も前から研究開発がなされています。現在では電気的な高速度ビデオカメラが幅広い分野で活躍しており、ミリ秒やマイクロ秒といった時間スケールの観察で強い威力を発揮しています。一方で、Sequentially timed all-optical mapping photography(STAMP)(注2)をはじめ、近年研究開発が盛んな光学的な超高速撮影法は、ピコ秒やフェムト秒の時間分解能を実現しています。しかしながら、電気的な撮影法と光学的な撮影法のちょうど間に存在するナノ秒の時間領域はどちらの方法でも撮影が難しい時間スケールであり、撮影像の画質や露光時間など、高速度撮影に重要な要素を犠牲にせざるを得ない状況でした。
〈研究の内容〉
このナノ秒撮影問題を解決するため、本研究では、超短パルスからナノ秒間隔の光パルス列を生成する新しい光学システムであるSpectrum Circuitを開発し、超高速撮影法STAMPへと適用することで、光学的な撮影法をナノ秒の時間領域まで拡張しました。Spectrum Circuitでは、精密に調整された4枚のミラーで構成される「光のサーキット」を超短パルスが周回し、1周ごとに光パルスが部分的に取り出される仕組みになっています。自由空間中を光が伝播するので、従来のナノ秒パルス伸長法である光ファイバを用いた方法で発生するような望ましくない非線形光学効果を避けることが可能であり、また周回長の変更により光パルス列の間隔(すなわち高速度撮影のフレーム間隔)を自在に調整することができます。
ナノ秒撮影法を実証するため、音波と同様に圧力変動を伴う非線形な波である衝撃波が、癌細胞を伝播する様子を本手法にて超高速撮影しました。1.5 nsのフレーム間隔に対して44 psという極めて短い露光時間で撮影した結果を図1に示します。細胞を伝播する衝撃波ダイナミクスの直接的な観察に世界で初めて成功し、細胞外よりも細胞中を伝播する衝撃波の速度が速いことを実験的に示しました。この結果は、超音波や衝撃波を用いた音響医療に貢献する知見です。
さらに本手法を応用し、ガラスの超短パルスレーザ加工現象の複数のダイナミクスを、ピコ秒、ナノ秒、ミリ秒という複数の時間スケールにおいて撮影可能なシステムを構築しました(図2)。撮影結果を図3示します。超短パルスレーザ加工中に生じるプラズマと衝撃波のダイナミクスや加工穴形状の変化を、全ての加工パルスにおいて網羅的に計測することが可能となりました。異なる時間スケールで変化する現象を一連の物理プロセスとして可視化することで、クーロン力に起因するプラズマと衝撃波の速度の違いや、加工穴形状の変化に伴うプラズマや衝撃波の形状変化を示しました。レーザ加工学理の理解や、サイバーフィジカルシステムに基づくレーザ加工のリアルタイム制御などのアプリケーションへ貢献する成果となります。
横方向と縦方向のフレームは、それぞれSTAMP(上段:2.0 ns間隔、9フレーム、下段:平均25 ps間隔、5フレーム)と高速度カメラ(1 ms間隔、200フレーム以上で撮影)のフレームを表しており、プラズマ(ピコ秒)、衝撃波(ナノ秒)、加工毎の穴形状(ミリ秒)などのダイナミクスを可視化しています。各フレームの上は空気、下はガラスであり、加工パルスは上から下に向けて時間0で照射されています。プラズマは光を吸収するため黒く写り、衝撃波は媒質の屈折率を変化させるため波面が観察されています。1 ms内の51 psのフレームにある白い矢印は、1発目の加工パルスで形成された加工穴が2発目の加工パルスを空気中で集光して生じた空気の絶縁破壊を示しており、加速された空気中の衝撃波の形状が観察されています。
〈今後の展望〉
本研究では、精密な光学システムを開発し、ミリ秒、マイクロ秒、ナノ秒、ピコ秒、フェムト秒と極めて広大な時間領域をつなぐ高速度撮影を実現しました。本技術は旧来の高速度撮影の役割である未知の高速度現象の学理解明や動的プロセスの解析・評価に加え、機械学習用データベースの高速な構築のための重要なツールとして貢献します。本成果として示した音響医療やレーザ加工のみならず、高圧による強靭な材料創成やレーザ核融合などの現象観察に有用なツールとなり得るなど、バイオ・医療、ものづくり、材料、環境・エネルギーなどの分野で、基礎科学から産業まで広く貢献することが期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学大学院工学系研究科
佐伯 峻生 博士課程
佐久間 一郎 教授
中川 桂一 准教授
論文情報
雑誌名:Science Advances
題 名:Single-shot optical imaging with spectrum circuit bridging timescales in high-speed photography
著者名:
Takao Saiki, Keitaro Shimada, Ayumu Ishijima, Hang Song, Xinyi Qi, Yuki Okamoto, Ayako Mizushima, Yoshio Mita, Takuya Hosobata, Masahiro Takeda, Shinya Morita, Kosuke Kushibiki, Shinobu Ozaki, Kentaro Motohara, Yutaka Yamagata, Akira Tsukamoto, Fumihiko Kannari, Ichiro Sakuma, Yuki Inada, and Keiichi Nakagawa*
DOI:10.1126/sciadv.adj8608
URL:https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adj8608
研究助成
本研究は、文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)「光量子科学によるものづくりCPS化拠点」(JPMXS0118067246)およびJSTさきがけ光極限領域「光音響高速サイトメトリーの創成」(JPMJPR17P9)の支援を受けたものです。また、本研究の一部は、文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業(JPMXP09F21UT0003)の支援を受けて、東京大学武田先端知スーパークリーンルーム微細加工拠点において実施されました。
用語解説
(注1)超短パルスレーザ加工
1ピコ秒(10−12秒)以下というパルス幅の極めて短い超短パルスを用いるレーザ加工のこと。超短パルスは熱拡散よりも速い時間スケールで材料と相互作用するため、加工部周辺への熱的影響を抑えることが可能な微細加工法として注目されています。複数の時間スケールにおいてプラズマや衝撃波の発生など、さまざまな物理過程が加工結果に寄与することが知られています。
(注2)Sequentially timed all-optical mapping photography(STAMP)
超短パルスを色ごとに時間方向・空間方向に広げる技術を利用した全光学的な撮影手法です。観察対象への到達時間が色によって異なる照明パルス列を超短パルスから生成し、観察対象の下流で像情報を失うことなく色ごとに空間的に分離してイメージセンサで検出することで超高速撮影を実現します。
出典:
https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2023-12-21-001
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