アンキオルニス・ハックスレイ(学名:Anchiornis huxleyi)は後期ジュラ紀に生息していた体高30cm程の小ぶりな羽毛恐竜である。2010年2月、この小さな恐竜は世界で初めて恐竜の全身の配色が解明されるという輝かしい快挙によって、世界的な注目を浴びたことがある。
*アンキオルニス・ハックスレイ想像図
研究者たちは、「赤い頭のキツツキと小型恐竜ヴェロキラプトルに羽毛を生やした姿がアンキオルニスだ」と言う。赤い頭、とはっきりと断言出来るようになったのは、地道な研究と技術の進歩の賜物である。長らく恐竜の体色は謎とされてきたのだから。
このアンキオルニスが再び注目を浴びている。2017年2月28日付けのオンライン科学雑誌「「Nature Communications」によると、軟組織に強力なレーザー光を照射することで、既存の情報より遥かに詳しい解析を可能にした、という論文が掲載されている。
一昔前、発掘された化石で重要視されていたのは、その「石」の中に埋もれている骨や歯、羽、殻等の目に見えるものだけであり、それらを丁寧に取り出した後に残された、「石」の欠片やその周囲を覆っていた土や泥は単なる堆積物として廃棄されてきた。しかし近年、それが覆される衝撃的な事実が発表された。
2000年4月、ノースカロライナ州立大などの研究グループは、ウィロー(Willo)というニックネームの恐竜の化石をCTスキャンで解析するという調査を行った。その結果、映し出されたのは恐竜の心臓だった。しかもそれは2心房2心室、つまり、4つに分かれ2つのポンプと一本の大動脈を持つ、爬虫類というよりも、鳥類や哺乳類に近い形の心臓だったのだ。(一部の例外を除き、基本的に爬虫類は2心房1心室)
この事実は、恐竜が鈍重でゆっくりと動く巨大なトカゲではなく、俊敏に動き回り空腹を満たす為に獲物を狙う恒温動物だったという説を裏付ける大きな証拠となった。それと同時に、堆積物として処理されてきた土や泥や欠片たちは肉眼では判別できなくなっていた、恐竜の柔組織の成れの果てだったのではないか、という事実が浮かび上がったのである。
勿論、全ての化石の周囲に心臓や組織が残っていたわけではないだろうが、それまで研究者たちはその重要だったかもしれない部分を削り取り、洗い流し捨ててしまっていたわけだ。技術の発展により分かった事実なのだから仕方がないとはいえ、正直、もったいない、と思わざるを得ない。
この調査結果をふまえて、化石はその残された周囲ごと様々な方法で調査研究されてきている。その中の一つとして、今回、アンキオルニスの化石標本に対し分析が行われたのだ。
研究チームは、今回のアンキオルニスの化石分析に際し、レーザー励起蛍光法と言う技術を活用した。強力なレーザー光を暗室内で化石標本に照射し、化石に含まれる有機物や無機物、不純物がどの波長によって蛍光するのかを計測する。蛍光するのは一瞬に満たないような短時間だが、これによって他の条件下では得ることの出来ない特徴や詳細な情報を解明することが可能となる。
そして浮かび上がったアンキオルニスは、恐竜と言うよりは、驚くほど鳥類に近い姿を見せたのだ。脚部は鳥の腿に近く、足の裏は鶏のそれのようなうろこ状の皮膚、尾は細い。この尾は尾椎の形に対応しており尾の付け根部分も細いことから大きな尾大腿筋は無かったようだ。これはつまり、後肢と尾を別々に稼働でき、飛翔するのであれば大いに役立ったのではないか、と推測できる。そして、長い前腕には前飛膜が確認された。これは四翼恐竜としては初の発見となる。
図1*レーザー励起蛍光法で浮かび上がったアンキオルニスの翼。前飛膜が確認出来る。
この飛膜は現生鳥類の飛翔の際に揚力の発生に関わる器官であり、アンキオルニスも滑空等の機能を有していた可能性がある。尤も、飛膜の存在はイコール飛翔能力があった、という確定にはならないことは付け加えておく。飛膜があっても飛ばない種も存在するからだ。(現生鳥類ならニュージーランドクイナ、古生物ならオヴィラプトロサウリアのように)。
図2*アンキオルニスのレーザー励起蛍光法による分析画像。
ロンドン大学のジョン・ハッチンソン教授は「レーザー励起蛍光法は近年登場した新しい技術の一つであり、絶滅した系統上の軟組織の進化を解明する大きな手助けとなっている、」と語り、より古い時代の生物を同様の手法で調査することにも興味を持っているとのことだ。
発掘される全ての化石にレーザー光に反応する物質が含まれているわけではないが、レーザー励起蛍光法で新しい事実が解明されていく化石は多いのだろう。今回の論文の共著者で香港大学の古生物学者、マイケル・ピットマン氏は
「どんな古生物学者でもこの方法を道具箱の最上段に入れておくべきだと考えています。化石から得られる解剖学的情報がいとも簡単に増え、化石を傷つけることもないからだ」と、今後の活用に大いに期待を寄せている。
ここ最近の恐竜研究の発展は目覚ましい。少し前までは鱗に覆われた正に巨大なトカゲだった恐竜は、今や羽毛を持った姿であったことが定説となっている。某有名恐竜映画で主人公たちを執拗に追い回した中型の恐竜、ヴェロキラプトルも、現在推測されている姿は下の写真のようになっているのだ。
図3
ヴェロキラプトル予測図
おそらくこれからも様々な方法で、恐竜の謎の解明は進められていくだろう。また、新しい技術も続々と出てくるに違いない。今から十数年経った後、現在の映画や図鑑を見返してその違いと共に研究技術の向上に目を見張ることになりそうだ。
参考文献
*nature communications
https://www.nature.com/articles/ncomms14576(図2)
*肉食の系譜
http://blog.goo.ne.jp/theropod/e/5b0e281f44921bd114de5b5fc802432f
*WIRED
http://wired.jp/
*NATIONSL GEOGRAPHIC日本版
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/17/030200077/(図1)
*http://www.kyouryu.info/img/dinosaur/velociraptor.jpg(図3)
「執筆者:株式会社光響 緒方」