すばる望遠鏡は、ハワイ・マウナケア山の山頂、標高4200mに設置された大型光学赤外線望遠鏡で、光を集める鏡の有効口径8.2mの巨大望遠鏡である。
1999年に観測を開始したこの望遠鏡は設置当時、一枚鏡の反射望遠鏡としては世界第一位の大きさを誇り(現在は、アメリカアリゾナ州の大双眼望遠鏡11.8mが最大)、画期的な観測性能を達成する為に多くの革新技術を結集して作られた天体観測機器だ。
天文学に携わる方々や天体観測を趣味にしている方々には周知の事実かもしれないが、この望遠鏡がギネス記録を持っていることをご存知だろうか?『129億光年先の銀河の観測に成功』、という輝かしい記録をもってギネスブックに登録されているのだ。129億光年、とてつもない距離である。単純に考えて、光速で移動しても129億年かかる、というのは果てしなさ過ぎて実感が無い、というのが一般人の正直な感想だろう。すばる望遠鏡は、どうやってこのように遥か遠い銀河系の観測に成功したのだろうか。
補償光学、というものがある。地上の大気の揺らぎを補正しより正確に宇宙にある天体の画像を撮影するための光学技術のことなのだが、すばる望遠鏡はこれを使用することで、従来の約10倍もの解像度を得ることが出来る。
ただし、この光学補償装置を使用するには、観測する天体の傍に揺らぎを測定する為に一定以上の明るさを持つ星(ガイド星)がなくてはならないのだが、毎回都合よくガイドとなる星が存在してくれる程、自然というものは人間に優しくは出来ていないというのが現実である。では、どうするのか。
無いのなら、作れば良い!
簡単に言うな、と言いたくなるが勿論本物の星を作るわけではなく、レーザービームを上空の大気中に照射し、人工的な星を作り出して大気の揺らぎを測定するガイド星とするのだ。
図1
図2
*ガイド星を作る為のレーザーが発射される様子
この開発された装置は、ナトリウムD2線(波長589nm)にチューニングした高出力レーザーを高度90kmの大気中にあるナトリウム層のナトリウム原子を発光させてガイド星を作り出す。ナトリウム光レーザーは、波長1319nmと波長1064nmの赤外域で発振する2つのNd:YAGレーザーを特殊な光学結晶に同時入射させ、和周波混合(下図参照)することで発生される。そのためナトリウム光レーザーは、ナトリウムD2 線の波長 589nm にぴったりと合ったレーザー光になる。
図3
作られたレーザー光は望遠鏡先端に取りつけられた直径50cmの送信望遠鏡から並行なレーザービームとして打ち上げられる。レーザー光を送信望遠鏡まで損失無く送る為、フォトニック結晶光ファイバーという最先端の光ファイバーが使用されている。
図4
*フォトニック光ファイバー
このような技術を盛り込んで数々の観測を行ってきたすばる望遠鏡だが、現在、これを上回る性能を持った新たな望遠鏡が作られている。
すばると同じくハワイ・マウナケア山の山頂で建設中の新たな天体望遠鏡は、Thirty Meter Telescope(通称TMT)は読んで字の如く、直径30mの超大型天体望遠鏡だ。口径だけでもすばる望遠鏡の3.5倍程度になるだろうか。すばるを遥かに凌ぐ高解像度と高感度を得られる予定だ。
図5
上の表に見るように視野以外の全てで高性能な望遠鏡になる予定で、視野の広いすばるが発見した天体をTMTが詳しく調査する、という連携が期待されているそうだ。
すばる望遠鏡は誕生して10億年以内の若い銀河を数多く発見し、初期の銀河の形成を理解する大きな役割を果たしてきた。宇宙の始まりから現在に至るまでの、手付かずだった歴史を解き明かす大きな一歩を踏み出したのだ。
TMTは宇宙の初期に誕生した古い銀河を調べるのだという。すばる望遠鏡やハッブル宇宙望遠鏡は宇宙初期の銀河を多数発見してはいるが、その分析・開明にはTMTの分光観測や補償光学を用いた高解像度観測が威力を発揮するだろうと大いに期待されている。
TMT計画は、日本、アメリカ、カナダ、インド、中国の五か国の国際協力の元、2014年から建設が始まり、2027年に稼働開始が予定されている。TMTが見せてくれる遠い宇宙がどんなものなのか、今から待ち遠しい限りである。
参考
*すばる望遠鏡National Astronomical Observatory of Japan
*国立天文台NAOJ
*Thirty Meter Telescope(国立天文台TMT推進室)
*http://subarutelescope.org/Pressrelease/2006/11/20/fig3.jpg(図1)
*http://subarutelescope.org/Pressrelease/2006/11/20/fig2.jpg(図2)
*http://subarutelescope.org/Pressrelease/2006/11/20/fig9.jpg(図3)
*http://subarutelescope.org/Pressrelease/2006/11/20/fig12.jpg(図4)
*https://sangakukan.jp/journal/journal_contents/2015/11/articles/1511-02-1/images/1511-02-1_fig_2.png(図5)
「執筆者:株式会社光響 緒方」