*マツヨイグサ
花と言えば春、春と言えば花。勿論夏にも秋にも冬にもそれぞれきれいな花が咲くが、やはり春は格別だ。というわけで、春間近なこの時期に合わせて花の話題だ。
花に限らず植物は、根付いた場所から動かず、喋らず、何かを見ることも無いし、考え事をしたりもしない。という認識は過去のものになりつつある。近年では、土の下に張り巡らされた根を使って同種同士で栄養をやり取りしていることや、害虫が襲来すると有害物質を分泌する植物が存在することが分かってきている。そして最近、植物の新たな側面が研究により判明したことが注目を集めている。
『花はハチの羽音を聞き分けている』
つまり、花は音を「聞いている」というのだ。
一見して分かるが、植物に耳は無い。耳が無いように見える昆虫には耳の役割をする器官が備わっており、例えばコオロギは前肢に鼓膜器官を持っている。魚類にも内耳という音を聞く器官や側線で音を感じ取ったり浮袋を内耳代わりに使ったりして音を認識している。鳥類は人間のような外耳を持たないが蝸牛管はあり(渦巻形ではなく真っ直ぐだが)、更に頭全体が外耳の役割をしていることが分かっている。
しかし、花に音を聞く為の複雑な器官があるようには見えない。スマトラオオコンニャクの奇妙に長い中央部分や、ラフレシアにぽっかり空いた穴の部分になら何か秘密めいたものが隠されていると疑っても仕方がないかもしれないが、今回研究対象となったのは「マツヨイグサ」だ。(Top画像の花。日本にも広く分布している。)
左)図1:スマトラオオコンニャク
右)図2:ラフレシア
月見草の同属で、花径3cm程の小さくてかわいらしい花だ。複雑な器官や秘密が隠される余地があるようにはとても見えない。耳が無いのに音を聞いているとはどういうことなのだろうか。
花と音の関係を発見したのは、イスラエル・テルアビブ大学のハダニ―教授だ。
自然界に於いて「音が聞こえる」ことのメリットは非常に大きい。捕食者にとっても獲物にとっても生存する為の重要な要素だ。そのことに着目したハダニ―教授は、「動物だけでなく、植物も音を感知しているのではないか」と仮説を立て研究を始めた。
多くの植物にとって存続と子孫繁栄の鍵を握るのは昆虫による受粉だ。研究チームは、テルアビブに自生しているマツヨイグサ属の花(開花期間が長く、計測に充分な量の蜜を作りだしてくれる)に、様々な音を聞かせる実験を行った。
花に聞かせた音は5種類。ミツバチの羽音、コンピューターで生成した低周波音、中周波音、高周波音、無音だ。
振動を遮断するガラス瓶に入れられたマツヨイグサの花は、当然と言えば当然だが変化はなかった。中周波と高周波にも花は反応しなかった。しかし、低周波とミツバチの羽音を聞かせると、その3分後には12~17%だった糖度を20%まで上昇させたのだ。
研究チームは蜜が甘ければ甘いほどハチ等の受粉媒介者を引き寄せるためだと考えており、実際に屋外での実験では1度ハチが立ち寄った花に、直後に別のハチが近づく割合は6分間で9倍以上高くなる、という結果が出ているという。
結果、マツヨイグサはミツバチの羽音の振動を感知しているということになるわけだが、ここで重要になってくるのが「花」だ。花の形は種々様々だが、多くはお椀型に近い形をしている。この形は何かに似ていないだろうか?そう、パラボラアンテナだ。音波を反射させて増幅させるのに最適な形状だ。
研究者たちは、周波数ごとの振動の結果を調べる為に、非接触で正面の振動と周波数と振幅を計測できるレーザー振動計の下にマツヨイグサを置き、花の振動と実験したそれぞれの周波数ごとの振動を比較してみた。その結果、ハチの羽音の周波数と花の周波数は見事に一致したのだ。つまり、マツヨイグサにとって花は受粉だけでなく、パラボラアンテナのようなその形で音を集め、耳の役割をも果たしていたことが証明されたことになる。その証拠に、花弁を1枚以上むしられた状態では低周波にもハチの羽音にも共鳴しなかったという実験結果が示されている。やはり、お椀型のようなあの形こそが「耳」として重要だったのだ。
新発見された植物の能力だが、これは取っ掛かりに過ぎない、とハダニ―氏は考えている。特定の周波数だけを感じ取る植物の「耳」は他にもあるかもしれない。また、ミツバチはもっと薄い蜜で糖度が1~3%上昇しただけでも敏感に感じ取ってくれるのに、マツヨイグサが20%まで糖度を上げるのはなぜなのか。更には、自分に危害を加える草食動物や害虫の接近に気付いて仲間に警告を発していたり、逆に有益な昆虫を呼び集めたりしているかもしれない。
ハダニ―教授らは音と植物の関係を「植物音響学」という新しい研究分野として切り開いているのだ。
今後は、花が蜜の糖度を上げる仕組みや、周囲の環境を知る為の未知の方法等について、この研究で裏付けられれば、と考えているという。
最近の植物研究によれば、害虫に齧られると有害な毒素をだして根こそぎ撃退するトマトの話や、根っこを通じて栄養を仲間同士でやり取りして助け合うブナ、キリンに齧られると葉に不味い毒素を送り込み且つガスを放出して周囲の仲間にキリン襲来を伝達しているアカシア等々、長年人間が思い込んできた植物観とは大きくかけ離れたアクティブさを持つ植物たちの姿が次々に明らかとなってきている。もしかしたら、草や樹木が知性や感情を持っていることが証明される日が、そう遠からず訪れるのかもしれない。
参考
*NATIONAL GEOGRAPHIC
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/011700040/?P=2
*カラパイア
http://karapaia.com/archives/52225543.html
http://home.c00.itscom.net/ho4no2/sanpomiti/3kiiro/20095743(1).JPG (Top画像)
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/2/27/Amorphophallus_Wilhelma.jpg/800px-Amorphophallus_Wilhelma.jpg (図1)
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/8/86/Rafflesia_80_cm.jpg/800px-Rafflesia_80_cm.jpg (図2)
執筆者:株式会社光響 緒方