月は地球に最も近い天体だ。人類の歴史の中で人間が最も興味深く付き合ってきた天体のうちの一つといっても過言ではないだろう。
そして、月や星の観測によって誕生した天文学によって世界各地で作られた暦は、月の満ち欠けを利用した大陰暦であり、農業や漁業等の場で大きな役割を果たしてきた。現在では、太陽暦の一つであるグレゴリオ暦(1582年ローマ教皇グレゴリウス13世によって制定)が広く使用されているが、月と人間の関係は、切っても切れないものだったのだ。古代から行われていた月の観測は、現代にも脈々と受け継がれている。1969年のアポロ11号の有人月面着陸を始め、世界各国が月の観測・研究を進めている。
そんな中、研究者たちの間で囁かれていた「満月の呪い」があった。それは、『満月の日には地球から月にある反射板へ照射したレーザーパルスの信号が弱くなる』というものだった。
米・カリフォルニア大学サンディエゴ校天文学者のグループは、アポロ11号の乗組員が月面に設置した再帰性反射板(鏡とは異なり受けた光を同じ方向に跳ね返す)を使って、地球からのレーザーパルスの往復時間を計測する実験を行っていた。 図1ニューメキシコ州のアパッチ天文台の3.5m望遠鏡を使って行われたその実験は、532nmのレーザーパルス25個を月面の再帰性反射板に照射するものだったが、訪れた満月の夜に、やはり呪いは現れた。月から返ってくるパルスは極端に低下し10分の1程度にまで落ち込んだのだ。そして満月が終われば元に戻り、次の満月の夜が来れば呪いも再び現れた。
当初、地球のものよりも暗い色をしている月の砂の影響かとも考えられた。実際にプリズムの反射は月の砂によって50%程が遮られているという。しかし、規則的な呪いの周期を見ても、その日だけ毎回タイミングよく量が増加するということは考えられない。
結果として、理由はもう少し違う方向のものだった。
月の砂でも、未知の何かでも呪いでもなく、原因はもう一つの馴染み深い天体である太陽にあった。
実は、月に設置された再帰性反射素材のプリズムは表面に取り付けられているのではなく、深い所にはめ込まれている。この為、満月の日には太陽光が強くプリズムに当たることになる。そして前述したように、暗い色をしている月の砂は光の約93%を吸収する。その為、満月の日には、月は通常よりも多くの光を取り込み、熱されることになる。図2
温度が上がれば上る程プリズムが膨張し変形する為、平常時にはまとまって反射していたレーザー光が拡散しぼやけた状態になる。地球側で観測している望遠鏡は、拡散した状態の光までカバーできるほど大きくはないので、信号として計測できるのは、反射された光のごく一部だけ、ということになる。これが「満月の呪い」の正体だ。
理論的な説明はできた。しかし証明は困難だろうと思われた月の呪いの正体を、研究者たちは証明している。
満月の日に太陽光の影響を受けない瞬間がある日、つまり月食を利用したのだ。月食前には10分の1に減少していた信号は、月食が進むにつれて回復し反射板に太陽光が届かなくなると、完全に通常の数値に戻った。そして、終了と同時に再び減少したのだ。
これにより、「満月の呪い」は解決に至ることとなった。
月の影に隠れた太陽の仕業、というべきか。地球にとって最も馴染み深い2つの天体は、やはり、切っても切れない関係なのかもしれない。
参考
*NEW ATLAS
http://newatlas.com/lunar-ranging-full-moon-curse-retroreflector-relativity/30853/(図1,2)
**カラパイア
http://karapaia.com/archives/52155239.html
「執筆者:株式会社光響 緒方」