蛤と言えば結婚のお祝いや桃の節句で供されるお吸い物に象徴されるように、おめでたい時の定番食材だ。大きくて肉厚、出汁も身も美味しい日本人お馴染みの二枚貝。古くは、対となる貝殻としか組み合わせられないことから、「貝合わせ」の貝として使われたり、胡粉の原料とされたりと食用以外でも切り離せない重要な貝だ。
大変に馴染み深い「蛤」だが、明治以降徐々に護岸工事等々諸々の事情もあり漁獲量は減り続け、現在流通している「蛤」は殆どを輸入に頼っている。貝塚からも大量に見つかるくらい身近にあった貝の現在としては、寂しいことこの上ない。現在日本国内で流通している蛤は3種類。本州・四国・九州に分布する、所謂「ハマグリ」。本州(房総半島以南)・四国・九州・台湾・朝鮮半島・中国の潮間帯に生息する「チョウセンハマグリ」(汀線蛤)。そして、朝鮮半島・中国・ベトナム周辺に分布する「シナハマグリ」だ。このうち、シナハマグリは外来種で、輸入、貝撒きによって日本沿岸に生息している。殊に減少の危機に瀕しているのは「ハマグリ」で、既に絶滅の危険が増大している種として、絶滅危惧Ⅱ類に指定されている(2012年)。ニホンウナギのレッドデータ入りに掻き消されている感があるが、こちらも十分に危機的状況だ。しかし、ウナギも養殖研究等が成されているのと同じように、ハマグリに関しても現状を打開しようとする動きは当然始まっている。その中でハマグリの産地として知られる熊本県が新たな試みに挑んでいる。
熊本県は日本在来種である「ハマグリ」の一大生産県だが、他県と同じくその減少に頭を悩ませてきた。ハマグリは馴染み深い食べ物であると同時に、高級食材でもあり、ブランド化による販売促進のためにも、漁獲量の増大・安定化は必須事項であ理、ハマグリ稚貝の種苗生産や中間育成技術を開発し、新たな栽培魚種としての可能性の検討を開始した。種苗生産と中間育成技術の開発については、養殖研究部、(財)熊本県栽培漁業協会、そして民間企業との共同で試験を実施しているそうだが、もう一つ重要な点は、生産された種苗を『いつ、どこに、どのように放流すれば最も放流の効果が高まるか』である。
それを知る為に実施されているのが、地元の漁師さんから買い取ったハマグリを季節毎に様々な場所で放流して、そのハマグリたちが「いつ」「どこで」「どれくらい」捕獲されるのかを試す放流実験だ。従来は油性塗料でマーキングすることが多かった実験用ハマグリに、新たな技術が導入されている。
なんと、生きたハマグリにレーザーで放流場所・時期が刻印されているのだ。
パソコンで簡単に文字を設定でき、各地の刻印表示にも対応可能であり、水揚げ後のハマグリの産地証明にも使えるのではないか、ということで今後の活用が期待されている。とは言え、刻印すれば良い、という単純なものではなく、相手は固い殻を持つが、れっきとした生物なので、やはり細心の注意が必要となってくる。動揺のマーキングをチョウセンハマグリに対して実施した茨城県によると、条件の違いでレーザー照射後のハマグリの生存率に大きな違いが出るということだ。
熊本県を始め各地のこのような活動が、ハマグリの数を回復させ安くて美味しいハマグリが簡単に手に入るようになれば、喜ばしい。もし何処かで刻印入りのハマグリを発見したら、美味しくいただいてお腹に収めてしまわずに、地元の水産センターや関連の施設にご一報を。それが将来の美味しい食への投資になるのではないだろうか。
参考
*熊本県
http://www.pref.kumamoto.jp/default.aspx?site=1
https://www.pref.kumamoto.jp/common/UploadFileOutput.ashx?c_id=3&id=9921&sub_id=1&flid=16261 (図1)
http://www.suiken.pref.kumamoto.jp/left/hamaguri_manual.pdf (Top画像、図2)
*レーザーマーカーを用いた二枚貝刻印標識法の開発Ⅱ – 茨城県
https://www.pref.ibaraki.jp/nourinsuisan/suishi/kanri/kenkyuhokoku/documents/43-05.pdf
*環境省
https://www.env.go.jp/nature/kisho/hozen/redlist/rank.html
執筆者:株式会社光響 緒方