日本は今、暑すぎる夏真っ盛り。夏休みの海にプールにと楽しみ満載の季節であると同時に、忘れてはならないことがある。熱中症も台風も水難も十分に気を付けなければならないが、それにも増して、夏は食中毒の季節である。現在、世界に知られている最近の種類は約1,5000種類と言われているが、その数多いる細菌の中でもこの食中毒シーズンに頻繁に耳にする名前は、『大腸菌』で間違いないだろう。大腸菌の名を一躍有名にしたのは、1996年に大阪・堺市で起こった「腸管出血性大腸菌O-157」による集団感染だ。感染者数は約9,000人、死者3名を出した。O-157に限らず細菌による感染症にかかった際には、多くの場合で抗菌剤が使用されるわけだが、その抗菌薬/抗生剤に異変が起こっていることをご存知だろうか。
人間が細菌の存在を発見した時から、それに対抗するべく研究を重ね開発されてきた抗菌薬は、多くの感染症から多くの人々の命を救ってきた。世界的な根絶を果たした天然痘ワクチンはその代表格といっても過言ではないだろう。しかし、その抗菌薬が効かない細菌が出現している。生きる為に薬を開発した人類に対し、細菌もまた生きる為に薬への耐性を身につけるという進化を獲得しているのだ。
この薬剤耐性菌に対し、それを凌ぐ薬剤を作りだし、またそれを細菌が克服していくというイタチゴッコさながらの状況が抗菌薬業界では続いているわけだが、この度、この薬剤耐性菌の判別に関して新しい手法が開発された。2018年7月17日、理化学研究所の発表によると、大腸菌にレーザーを照射した際の散乱光が、大腸菌が持っている薬剤耐性の種類によってそれぞれ異なった特徴を示すことが明らかになったという。
物質に光を照射すると、散乱した光はその物質にエネルギーを与えたり、或いは奪われたりする。その結果、物質から反射した光は、照射した元々の光とは異なる波長に変化する。これを利用して、薬剤耐性を持つ大腸菌の細胞に光を照射して内部の分子組成違いを分析することで、種類を判別する。また、反射したスペクトルの違いによって細胞種を判別することも可能だ。
理化学研究所は、長期培養によって薬剤耐性を持たせた大腸菌とその親株の全11種類200試料を準備し、ラマン散乱スペクトルを自動取得するための「ハイスループットラマン散乱分光装置」を開発。この装置は96の試料を培養できるウェルプレートがあり、複数の試料を連続して計測できるものだ。そして、実際にレーザーを照射し、マン散乱スペクトルのデータを取得した。そして、このデータ群を使って未知の薬剤耐性大腸菌の判別を行った結果、11種類の全てがほぼ100%の割合で判別可能だということが判明した。しかも、試料1つ当たりに要した時間は、僅か10秒程度という短時間だった。また、薬剤耐性大腸菌の遺伝子の発現パターンと,ラマン散乱スペクトルとの関係性を調べる実験では、各薬剤耐性大腸菌の一部の遺伝子の発現量と,スペクトルの一部のピーク強度との間に強い相関があることも分かった。
これまで細菌の薬剤耐性検査は抗生物質ごとに行われており、時間も労力もコストもかかる、という三重苦状態が続いており簡易化が課題となってきたが、この実験結果により、大幅な改善が可能になるのではないか、と期待されている。
最後に諸悪の権化のように言われる大腸菌について。
人間の腸の長さは平均約10m。その10mの中に人によって差はあるが大体100種類~3000種類もの腸内細菌が生息しているという。数にすると100兆個~1000兆個。数的におかしいような気がしてくるかもしれないが、大概の人間の腹の中にはこれだけの細菌がいるのが普通だ。重さにすると、1.5kg~2kg相当になる。細菌も集まればkg単位になるのかと思うと驚異すら感じる。
因みに、人間を構成する細胞の総数は60兆個~70兆個。つまり、人間は自分を構成する細胞の16倍程もの細菌を体内に飼っていることになる。まさに驚愕の真実だ。
そして、肝心の大腸菌だが、これ程までに病原菌として取り沙汰されているのだからどんな莫大な量が潜んでいるのか、と恐ろしくなるところだが、何と、全体の0.1%未満しかいない。たったそれだけか、とこちらも驚愕の事実だが、この極少量の大腸菌の中の更に少数派の病原性大腸菌が、命を脅かすこともある症状を引き起こしているのかと思うとそれはそれで恐ろしい気がしないでもない。
しかし、大腸菌は完全に悪の菌、というわけではなく、大腸菌の死骸を含んだ液体を直腸部に塗布すると、白血球が集まることが分かっている為、感染からの防御に使用され、既に薬剤として実用化されており、役立つ存在であることも付け加えておく。
参考
*理化学研究所
http://www.riken.jp/pr/press/2018/20180717_1/
*wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%85%B8%E8%8F%8C
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/3/32/EscherichiaColi_NIAID.jpg/800px-EscherichiaColi_NIAID.jpg (Top画像)
執筆者:株式会社光響 緒方