(レーザー関連)ストロンチウム光格子時計の実効的魔法条件の決定

投稿者:

理化学研究所(理研)開拓研究本部香取量子計測研究室の牛島 一朗 特別研究員(研究当時、現客員研究員、東京大学 大学院工学系研究科 助教)、髙本 将男 専任研究員、香取 秀俊 主任研究員(東京大学 大学院工学系研究科教授)の研究チームは、ストロンチウム(Sr)原子を用いた「光格子時計」の高精度化に向けて、光格子レーザーによる共鳴周波数のずれ(光シフト)を高次の効果まで含めて精密に評価した結果、光シフトの影響を最小とする光格子の「実効的魔法条件」を導き出しました。
本研究成果は、現在の「秒」の定義であるセシウム原子時計の精度を3桁上回る「19桁精度」の光格子時計の実現に向けた重要なステップであり、秒の再定義への議論を活発化する成果です。また、19桁精度の時計は、ミリメートル精度の相対論的測地などを可能にし、時間/周波数の標準技術の枠を超えた、広範な応用の可能性を広げます。

今回、研究チームは、光格子中のSr原子の振動量子状態および光格子レーザーの強度と周波数を精緻に制御し、光格子の光シフトを評価しました。その結果、これまで実験的に観測されなかった電気四重極子/磁気双極子および超分極による高次分極効果の高精度測定に成功しました。このデータを基に、光格子の光シフトを19桁精度に低減する実効的魔法条件となる光格子レーザーの強度、周波数を決定しました。本研究は、米国の科学雑誌「Physical Review Letters」の掲載に先立ち、オンライン版(2018年12月28日付け)に掲載されました。

<背景>
正確な時計とは、規則正しく振動する振動子を基準として、その振動周波数を計ることで実現されます。原子が選択的に吸収する固有の共鳴周波数を、振動子の周波数として用いているのが「原子時計」です。原子時計の正確さは、いつ、どこで測っても原子の共鳴周波数は不変であるという前提の下で成り立っています。現在の「秒」は、セシウム原子が共鳴するマイクロ波周波数を基準とするセシウム原子時計で定義されており、およそ4x10-16(6000万年に1秒のずれ)の精度です。
「光格子時計」は、レーザー光を干渉させて作り出す「光格子」と呼ばれる、光の波長より小さな領域に原子を閉じ込め、その原子が吸収する光の共鳴周波数を基準とする原子時計です。香取 秀俊 主任研究員(東京大学 大学院工学系研究科 助教授(研究当時))が2001年に考案し、2003年に実証しました。その後、世界各国で光格子時計の開発と高精度化が進められ、現在では、本研究チームを含む世界の3つの研究チームで「18桁精度」の光格子時計が実現されています。

このような超高精度の光格子時計が実現されると、光格子レーザーの「魔法周波数」の概念の拡張が迫られました。従来の魔法周波数の近似で無視した光格子と原子の高次の相互作用によって生じる原子の共鳴周波数の非線形な変化を取り入れることで、18桁超の精度での動作を可能にする「実効的魔法条件」のアイデアが提案され、その実証が待たれていました。そこで、研究チームは、ストロンチウム(Sr)原子の光格子レーザーによる共鳴周波数の変化を実験的に評価することを試みました。

<研究手法と成果>
一般に、レーザー光で原子を捕獲すると、レーザー光の電磁場の影響を受けて原子の共鳴周波数に変化が生じます。これを「光シフト」と呼び、原子の電気双極子と光格子レーザー光との相互作用だけを考慮すると、光シフトは光格子の光強度に比例した変化量となります。この近似の下では、魔法周波数と呼ばれる特定の周波数のレーザー光で光格子を作ると、光シフトはゼロになります。
この魔法周波数の手法は、17桁の周波数精度では十分良い近似として成立しますが、18桁精度では、原子の電気四重極子/磁気双極子や超分極相互作用によって、光シフトはレーザー強度に対して非線形に応答し、かつ原子の振動量子状態にも依存することが見えてきます。研究チームは、19桁の新たな精度領域に踏み込むために、光格子レーザーの魔法周波数の概念を再構築し、実効的魔法条件を提案しました。実効的魔法条件を満たす光格子のレーザー強度、周波数、原子の振動量子状態に、光格子時計の動作点を設定することで、高次の効果まで含めた光シフトを19桁のレベルに低減することができます。

高次の光シフトの効果は、理論、実験の両面において精力的に研究されてきましたが、微小な効果であるため、これまで整合の取れた測定結果は得られていませんでした。本研究では、光共振器によって光格子のレーザー光強度を従来の約20倍に増幅し(図1(a))、超分極による非線形な光シフトの高精度計測に成功しました(図1(b))。
また、光格子中の原子の振動量子状態を自在に操ることにより、電気四重極子/磁気双極子効果による光シフトの高精度計測にも成功しました(図2)。これらの結果から、光シフトの影響を最小とするストロンチウム光格子時計の実効的魔法条件が、トラップ深さが光子反跳エネルギーの72倍となる光格子レーザーの強度、電気双極子相互作用のみを考慮した魔法波長に対して5.3MHz高い周波数、であることを実験的に決定しました(図3)。
Sr原子では、この条件が実験で容易に実現できるパラメーター範囲内にあることが分かり、今後、光格子の光シフト以外の不確かさ要因の精度評価とともに、Sr原子を用いた光格子時計で19桁精度の時計を実現するための重要なステップとなります。

<今後の期待>
光格子光シフトの低減は、光格子時計の高精度化における最重要課題であり、実効的魔法条件の決定は、19桁精度の光格子時計の実現に向けた重要なステップです。セシウム原子時計の精度を3桁上回る19桁精度の光格子時計の実現は、新しい秒の定義へと移行するための大きな推進力となり得ます。
さらに、19桁精度の時計は、既存の技術では到達不能なミリメートル精度の相対論的測地を可能とし、時間/周波数標準技術としての枠を超えて、火山学、地震学への光格子時計の応用が期待できます。また、高精度な時計は、基礎物理定数の恒常性の検証など、基礎物理学の検証においても重要な計測ツールであり、新しい物理を切り拓く高精度センサーとして、今後重要な役割を担っていくことにも期待できます。

<参考図>

出典:http://www.jst.go.jp/pr/announce/20190118-3/