褐色の肌に青い瞳。CT/レーザースキャン&DNA解析で1万年前の英国人を復顔。

投稿者:

イギリス・チェダー地方と言えば連想するのはチェダーチーズだろう。ゴーダチーズと並んで最も世界的に広まっているこのハードタイプのチーズは、アメリカやオーストラリアでも生産される代表的チーズだ。原産地である英国サマセット州チェダー地方の名前はこのチーズによって有名になったと言っても過言ではない。しかし、この「チェダー」の名を冠する有名なものはもう一つある。それが、「チェダーマン」だ。

チェダーマンは、1903年にチェダー渓谷で見つかった約10,000年前の男性だ。チェダーチーズ発祥よりも随分と昔に生きた、言わば先輩だ。ラスコーの壁画が16,000~18,000年前、14,000年前頃にイヌが家畜化され始め、約10,000年前に最後の氷期が終了している。チェダーマンが現在の英国にあたる地で生きていたのはそんな時代だ。

近年、発掘された骨やミイラのDNA鑑定や生前の顔を復元する技術が目覚ましい発展を遂げている。ペルー・モチェの「カオの貴婦人」、ツタンカーメンの義母である「ネフェルティティ」を始め、音楽の父バッハに天文学者コペルニクス、『神曲』のダンテ・アリギエーレ、と他にも数多くの歴史的有名人の顔が復元され、定期的に、イメージ通り/イメージと違う、という悲喜こもごもの感想が飛び交っている。
この復顔は歴史上の著名人だけではなく、我々現生人類の祖先たちや、それ以前の人類、或いは数千年前の名もなき一般人の遺骨に対しても行われている。DNA検査と同時に行うことで、肌の色、瞳の色、髪は縮れ毛か直毛か、現代を生きている人類のどの国の人間に近いのか等、あらゆることが判明するのだ。つまり、人類がどこで生まれ、どう進化し、旧人類たちがどのように交わり、発展し滅亡したのか、どう移動して最期を迎えた地に辿りついたのか、研究を重ねていけば一昔前には解明困難だった人類の歴史を紐解くことができるというわけだ。
そして、この約10,000年前のイギリス人男性「チェダーマン」氏の復顔が行われ、その生前の姿はある種の衝撃と共に公開された。

黒い肌に青い瞳、黒い縮れ毛。現在のイギリスの大半を占めるアングロサクソン系の片鱗は全く見られない。

復顔はミイラ/骨をCTスキャンや3Dレーザスキャンし、そのデータを元に3Dプリンターで樹脂製の頭蓋骨モデルを製作し、粘土で肉付けを行っていくのが基本だ。前述した「カオの貴婦人」の復元の際はミイラの状態が非常にもろかったこともあり、据え置きではなくハンディタイプのレーザースキャナーが使用されている。復顔技術だけでは判明しなかった、髪や目の色、肌の色がDNA調査によって明らかになり、より正確で詳細な当時の姿を再現することができるようになったのだ。そして、このチェダーマンの復元は大きな衝撃をもって迎えられた。今回の復元以前に考えられていたチェダーマンの肌の色は現代英国の主流を占めるアングロサクソン、つまり白人に近いものだった。


*右:DNA解明前に復顔されたチェダーマン

これまでの学説ではチェダーマンの生きた10,000年前のグレートブリテン島で暮らした人々の肌は既に現代に近い色だったとされてきたが、今回の調査によってそれは覆されたことになる。英国が白人化するのはもっと最近になってから、ということだ。今の私たちが認識している白人、黒人、黄色人種という分類は思った以上に新しく、流動的なのかもしれない。
一般人にはやや衝撃的なこの事実は、研究者たちにとっては予想の範囲内だった。中石器時代の黒い肌の古代人はスペイン、ハンガリー、ルクセンブルクで既に発見されており、DNAの解明も行われている。そしてチェダーマンとかれらが遺伝的に近く、約11,000年前の氷河期末期にヨーロッパに移住した狩猟採集民であることも判明している。

研究者達がこうもはっきりとチェダーマンの肌や瞳の色を解明することができたのは、最新のDNAシークエンシング技術によって、復元に必要な遺伝子を選び取ることができたからだ。
目の色は特定の遺伝子とその中に含まれる特定の変異体によって、肌の色を決める遺伝子は複数の染色体によって決定されている。修復の為にはあらゆる箇所に散らばっている無数の染色体に点在するデータを拾い集めなければならず、一昔前の技術では、古代人のような古いDNAでこの作業を行うことは不可能だった。しかし、最新のDNAシークエンシング技術を使えば、散らばった染色体の解読が非常に簡単に行えるようになっていることがチェダーマン復元に大きな力となったのだ。
グレートブリテン島や欧州一帯に居住した人々は、チェダーマン達が暮らした時代以降、徐々に褐色の肌から白い肌へと変化していくことになるわけだが、これは狩猟採集生活から農耕生活へと移行する過程で食生活の多様性が減少し、日光からより多くのビタミンDを生成できるよう、褐色から白へと変化して行ったのではないかという説や(ビタミンDは骨の形成等に重要な栄養素の一つだ)。約6000万年前に中東から流入した民族が、チェダーマンのような民族を飲み込んだとい説等様々に考えられているが、未だしっかりと判明はしていない。一方で瞳の色に関しては生活の変化では説明することができず、他の何らかのプロセスが起こったと推察されている。

現在の英国で暮らす人々のうちの約10%がこのチェダーマンの遺伝子を引き継いでおり、彼の血は脈々と受け継がれているようだ。研究者達にとって今回判明した彼の肌の色は些細なことでしかなく、今後は食事の変化や病原体とのかかわりによる当時の人口の変化等を幅広く調査して行く予定だという。

参考
*NATIONAL GEOGRAPHIC
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/020900061/
https://cdn-natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/020900061/ph_thumb.jpg?__scale=w:500,h:333&_sh=0f60660880 (図2)
https://dps68n6fg4q1p.cloudfront.net/wp-content/uploads/2018/02/735x525_earlier_cheddarman.jpg (図3)

*BBC
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-42984569
https://ichef.bbci.co.uk/news/624/cpsprodpb/15D61/production/_99914498_mediaitem99908647.jpg (図1)
https://ichef.bbci.co.uk/images/ic/720×405/p05xgfsm.jpg (Top画像)

執筆者:株式会社光響  緒方