鬱蒼としたジャングルの木々の下から遺跡が発見される、というニュースはセンセーショナルではあるけれども最近では珍しいものではなくなった感がある。嘗ては、古い資料をひっくり返して読み漁り、いくつもの情報を付き合わせて「ココだ!!」という場所を、生い茂る下草や絡まりきった蔦やわけのわからない毒虫や原因不明の感染症と戦いながらジャングルに分け入って、必死の思いで遺跡の一部を発見し、そこから凄まじく長い時間をかけて全容を調査する(しきれない場合もある)、というのが遺跡発見/発掘の定番ともいうべき方法だったわけだが、まさにそれは昔の話だ。飛行機やヘリコプター、ドローンで上空からジャングル越しにレーザーを照射して地表をスキャンし、年月と木々が覆い隠してしまった太古の歴史を浮かび上がらせる手法は、多くの成果を出し、これまで信じられてきた歴史を書き換えるかもしれない発見を齎してくれている。それらの発見の中で大きな注目を集めたもののうちの一つが、カンボジア・マヘンドラパルバタだ。
「マヘンドラパルバタ」は実在することはわかっていたが、その正確な場所や規模は判明していなかった。遺跡のある場所には現在も人々が暮らして入るが、深い密林に覆われていることと、カンボジアの情勢が大変に厳しく未だ地雷が埋められた地域が残されていることもあり、詳細の把握は非常に困難な状態だったのだ。
2011年、カンボジア・シェリムアップ一帯に広がるアンコール遺跡群調査のために、カンボジア•日本・オーストラリア・フランス等7カ国が協力する国際研究コンソーシアム「KALK」が発足。2012年に初めて上空からLidarを使っての調査が行われ、聖なる山プノン・クーレンで運河や土手が整備され、寺院が建ち並ぶ巨大な都市の遺構が発見され、マヘンドラパルバタが現代に再び姿をあらわすことになった。2015年、範囲を拡大してLidarによる調査がもう一度行われ、その結果判明したのはマヘンドラパルバタが40~50㎢にも及ぶ碁盤の目状に整備された巨大都市は、運河や水路が整備され堅牢な城壁に囲まれた計画的に築き上げられた、ということだった。
図1
マヘンドラパルバタを築いたとされているのは、アンコール王朝初代の王・ジャヤバルマン2世 。西暦802年頃のことだ。現在私たちが目にするアンコール遺跡群の中で最も有名なアンコール・ワットやアンコール・トムが建造されたのが12世紀前半から後半。これらの300年余り前、既に計画的に建造された大規模な都市機構が成立していたということが確認された。
ジャヤバルマン2世が興したアンコール王朝の首都として築かれたこのマヘンドラパルバタだが、首都として栄えた期間はごく短かったと考えられている。
プノン・クーレン山中という位置では大都市に居住する住民の食料を賄うことが困難だった為と考えられ、人工貯水池や大規模な水管理システムを構築しようとした痕跡が残されているが成功しなかったらしく、王朝の中心地は南部の肥沃で水が利用しやすい場所へと移されている。とはいえ、このマヘンドラパルバタは、アンコール王朝にとって特別な場所だったとみられ、この都市の復活を試みていた。初代王ジャヤバルマン2世にあやかろうとしたのか、或いは大インドラの山という意味を持つマヘンドラパルバタを聖なる場所と考えていたのかもしれない。
幻の都は幻ではなくなったが、研究はまだまだこれからだ。上空からのレーザースキャンにより発見自体は以前より容易になったとはいえ、収集したデータからそれが自然物なのか人工物なのかの判断や、実際に現地に赴いての研究はやはり人でなければできないことだ。今後は、発見された都市遺跡の年代の特定が進められていく予定だという。
最後に、アンコール王朝についての豆知識を一つ。
「王朝」というからには王様がいる。王様の子が次の王様になる世襲制が一般的な王政の国だが、実はアンコール王朝は違う。強い者こそが王位にふさわしいという超実力主義で王位が継承されていたのだ。話し合いで済めば良いが、そうでなければ血みどろの王位争奪戦が繰り広げられ、無事玉座につくことができたとしても1年足らずで謎の死を迎える羽目になった王様も居たほど、危険に満ち溢れた地位だったようだ。注目度がそれ程高くはない東南アジア史だが、マヘンドラパルバタの発見を機にこの地域の歴史に興味を持つのも楽しいかもしれない。実は血湧き肉躍る軍象戦は相当に興味深いものがあることはお伝えしておきたい。
参考
* カラパイア
http://karapaia.com/archives/52283992.html
https://livedoor.blogimg.jp/karapaia_zaeega/imgs/f/8/f8f3d88a.jpg (図1)
* 歴memo
https://rekishi-memo.net/sekaishi/khmer_dynasty.html
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/4/41/Angkor_Wat.jpg/1024px-Angkor_Wat.jpg (Top画像)
執筆者:株式会社光響 緒方