東京大学物性研究所博士課程の山本航平氏(研究当時、現在:分子科学研究所助教)と和達大樹准教授(研究当時、現在:兵庫県立大学教授)は、東京大学物性研究所の松田巌教授らとドイツのHelmholtz-Zentrum Berlinの国際共同研究チームで、ペロブスカイト型鉄酸化物La1-xSrxFeO3の薄膜における反強磁性磁気構造の超高速な変化を、共鳴軟X線散乱の時間分解測定により観測に成功しました。その結果、レーザー照射して0.1ピコ秒(=10兆分の1秒)程度という超高速な時間で、反強磁性秩序が消失するというスピンのダイナミクスを明らかにしました。
近年、電荷の自由度のみならずスピンの自由度をエレクトロニクスに応用するスピントロニクスの分野において、従来メモリなどへの応用で広く使われている強磁性体に加えて、反強磁性体の光誘起ダイナミクスが注目されています。反強磁性体は、そのマクロな磁化が消失していることにより、より高いエネルギー効率で超高速な光制御が可能であることが期待されています。本研究では、反強磁性を示す鉄ペロブスカイト酸化物薄膜における光誘起磁化ダイナミクスを調べました。今回注目した物質はLa1/3Sr2/3FeO3薄膜とSrFeO3-δ薄膜です。どちらの物質も反強磁性相と同時に高い価数のFeを持つという特徴を持っています。反強磁性体はマクロな磁化が消失しているため、直接的な観測手段は限られています。反強磁性秩序を直接的に観測できる共鳴軟X線散乱を用いて時間分解測定を行いました。これにより、反強磁性秩序の光誘起状態の時間発展を直接検出しました。
軟X線時間分解測定はドイツの放射光施設 BESSY II で行いました。測定に用いた鉄酸化物の薄膜に対して、図1に示す実験配置によって軟X線時間分解測定を行い、図2に示した磁化の時間変化の様子が観測されました。La1/3Sr2/3FeO3の場合、レーザー照射(0秒)の後、時間分解能である0.13ピコ秒以内で反強磁性秩序が消失していることがわかりました。
この結果は、図3のように、鉄のスピンの光励起状態のイメージ図が得られました。またSrFeO3-δ薄膜と比較してより低い強度のレーザーで変化が起きていることもわかりました。このように、鉄酸化物の薄膜において、超高速かつ低いエネルギーでの変化が起きていることを実証しました。
本研究により、反強磁性であった酸化物薄膜に0.1ピコ秒程度のスケールで超高速なスピン操作が可能であることが示されるとともに、電子・磁性構造と変化を起こすのに必要なレーザー光強度が関連していることを示しました。今後の光によるスピンの制御やさまざまな物質の研究を通じ、それを応用した反強磁性体を利用した次世代のデバイス開発につながることが期待されます。
本成果は、ドイツ科学誌New Journal of Physicsに4月8日に公開されました。
本研究は、文部科学省科学研究費補助金 新学術領域(研究領域提案型)「量子 液晶の物性科学」(JP19H05824)、文部科学省「光・量子飛躍フラッグシッププ ログラム(Q-LEAP)」(JPMXS0118068681)、JSPS 科研費(JP19H01816, JP19K23430, JP17K14334)のもとに行われました。
発表論文
雑誌名:
New Journal of Physics
論文タイトル:
Photoinduced Transient States of Antiferromagnetic Orderings in La1/3Sr2/3FeO3 and SrFeO3 Thin Films Observed through Time-resolved Resonant Soft X-ray Scattering
著者:
Kohei Yamamoto, Tomoyuki Tsuyama, Suguru Ito, Kou Takubo, Iwao Matsuda, Niko Pontius, Christian Schü ler-Langeheine, Makoto Minohara, Hiroshi Kumigashira, Yuichi Yamasaki, Hironori Nakao, Youichi Murakami, Takayoshi Katase, Toshio Kamiya, Hiroki Wadati
DOI番号:
10.1088/1367-2630/ac5f31
出典:
https://www.issp.u-tokyo.ac.jp/maincontents/news2.html?pid=15407
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