(テラヘルツ関連)東北大学他/新原理グラフェントランジスタによる高速・高感度 テラヘルツ波の検出に成功

次世代6G&7G超高速無線通信の実現に明るい光

【発表のポイント】

  • 炭素原子の単層シートであるグラフェンを使い、室温下で高速応答かつ高感度なテラヘルツ波注1の検出に成功した。
  • 単一の金属種で全ての電極を形成する最も単純なグラフェントランジスタ構造でも高速・高感度検出ができる新たな検出原理を発見した。
  • 6G、7G注2クラスの次世代超高速テラヘルツ無線通信の実現に貢献すると期待される。

【概要】
炭素原子の単原子層材料であるグラフェンは、電子の有効質量注3がゼロなどの特異な物性を有することから、従来の技術では困難な室温で動作する高速応答かつ高感度なテラヘルツ波検出素子を実現する材料として注目されています。

東北大学電気通信研究所の佐藤昭准教授らと理化学研究所光量子工学研究センターの南出泰亜チームリーダーらの研究グループは、グラフェンを使って、室温で動作する高速応答かつ高感度なテラヘルツ波の検出に成功しました。テラヘルツ波の高速・高感度な検出素子として、電磁波吸収で発熱した電子・正孔の空間拡散で生じる起電圧効果を利用する「光電熱型検出素子」が知られていますが、電子・正孔の両方が寄与する複雑なバイポーラ型注4でかつ検出素子の2つの電極に異種材料を用いなければ起電圧が生じず、高性能化と量産化・低コスト化の両立が極めて困難でした。研究グループは、グラフェンをチャネルとする電子のみが関与するユニポーラ型注4で、かつ全ての電極に同一種の金属を用いる単純なトランジスタ素子構造でも検出動作可能な、新たな原理を見い出し、高速・高感度なテラヘルツ波検出に初めて成功しました。次世代6G&7G超高速無線通信実現のブレークスルーとなる画期的な成果です。
本成果は、米国物理学協会(American Institute of Physics)が発行するオープンアクセス国際学術論文誌 APL Photonics にFeatured Article*として2022年12月2日にオンライン掲載されました。

*編集委員会により特に学術的意義・インパクトが高いと評価された論文

【詳細な説明】
テラヘルツ波は電波と光波の中間に位置する振動周波数を持った電磁波であり、物質を構成する分子の振動周波数と重なることからほぼすべての物質が固有の吸収特性を示すなど、他の電磁波にはないユニークな特徴を有しています。そのため、「見えないものを見る」安心・安全のための分光・イメージングや、超高速無線通信などのさまざまな学術・産業分野でテラヘルツ波を利用する技術の開発が急速に進展しています。特に、超スマート社会の実現に必須となる情報通信サービスの飛躍的な向上には、テラヘルツ波を利用する次世代超高速無線通信である6Gや7Gの技術開発が必須です。しかしながら、トランジスタをはじめとする電子デバイスやレーザをはじめとする光デバイスの開発は、テラヘルツ帯での動作は本質的な物理限界のために困難を極めてきました。特に、6Gや7Gの無線信号の受信手段として不可欠な、室温で動作し小型集積化が可能で高速応答かつ高感度なテラヘルツ波検出素子の実現にはさらなる性能向上が求められています。
そのような背景のなかで、従来の半導体材料の限界を超越した優れた物性を有する炭素原子の単層シートであるグラフェンが注目されています。グラフェンは炭素原子が蜂の巣格子状に結晶化した単原子層の二次元材料である。グラフェン内の電子は有効質量が消失した「相対論的粒子」としてふるまい、極限的に秀逸な輸送特性と熱伝導特性を有しています。特に、グラフェン中の電子の集団的振動である「プラズモン」の強い流体的非線形特性がもたらす「プラズモン光整流効果」や、光吸収によって発熱した電子・正孔が高速に熱拡散する際に起電圧を生じる「光電熱効果」は、テラヘルツ波の高速応答かつ高感度な検出機構として注目されており、多くの研究者が研究開発にしのぎを削っています。現在のところ、グラフェンによる光電熱型検出素子ではプラズモン型を上回る高速応答性能が得られています。しかしながら、現在知られている光電熱型検出素子は、電子・正孔の両方が寄与する複雑なバイポーラ構造でかつ素子を構成する2つの電極に異種材料を用いなければ起電圧が生じず、高性能化と量産化・低コスト化の両立が極めて困難という本質的な課題を有していました。
佐藤昭准教授らの研究グループは、グラフェンをチャネル材料として電子のみが関与するユニポーラ型でかつ全ての電極に同一種の金属を用いた最も単純なトランジスタ素子構造でも検出動作が可能な新たな原理を見い出し、高速・高感度なテラヘルツ波検出に初めて成功しました。次世代超高速無線通信:6G&7G実現のブレークスルーとなる画期的な成果です。
佐藤准教授らは、グラフェンのプラズモンが他の半導体材料に比べてテラヘルツ波光子と相互作用する効率が格段に高いことに着目し、グラフェンプラズモンをテラヘルツ波と効率よく結合できる「非対称二重回折格子ゲート」と呼ばれる独自のトランジスタ電極構造を導入したグラフェントランジスタを試作しました(図1)。試作素子の直流電圧-電流特性はグラフェントランジスタ特有のアンバイポーラ特性を示しており(図2)、ヒステリシスも小さいことから、良好なグラフェントランジスタとして動作していることが分かります。また、電流が極小となる電圧点(電荷中性点)は負の値を取っており、チャネル全体が正にドープされていることを示しています。これは製造プロセスに起因する意図しないドープと考えられます。

このトランジスタに対して、高強度テラヘルツパルス光源であるis-TPG(injection-seeded Terahertz-wave Parametric Generator)を用いて中心周波数0.95 THz、ピーク電力911 W、パルス幅155 psのテラヘルツパルスを入射し、トランジスタのドレイン端子から出力される光起電圧の時間応答波形を測定しました。測定には広帯域オシロスコープを用い、トランジスタの出力端子からオシロスコープまでは50Ω伝送路系で接続しました。また、全ての実験を室温下で行いました。トランジスタのドレイン端子へバイアスを印加し、ゲート1端子へのバイアスを高位に保った状態で、ゲート2端子へのバイアスを電荷中性点から高位に変化させながら時間応答波形を測定しました。その結果、入力テラヘルツパルスの時間波形に追従する出力光起電圧応答波形を観測しました(図3)。入力パルス光のパルス幅155 psと比較して、出力光起電圧応答波形のパルス幅は若干広い190 ps程度でした。応答波形の立ち上がり/立ち下がり時間はともに17.5 psと算出され、10 psオーダーの非常に高速な応答性が確認できました。

また、これまで非対称二重回折格子ゲート構造トランジスタ素子で報告されてきたプラズモン型整流検出機構における検出感度のゲートバイアスに対する傾向とは逆に、ゲート2のバイアスを正の方向に高くしていくほどピーク光起電圧は大きくなる傾向を示しました(図4)。この結果は、プラズモン型検出機構では説明できず、光電熱効果による整流検出機構の発現を示唆しています。しかも、従来のpn接合型素子構造による電子・正孔が共に介在するバイポーラ型動作とは異なり、電子のみが寄与するユニポーラ型で、かつソース・ドレインの両電極を同一種の金属材料で形成した最も単純なFET素子構造においてもテラヘルツ波の検出に成功したことは大きな発見です。
図4は、ゲート2バイアスの上昇に伴う光起電圧パルスの波高値をプロットしていますが、ゲート2バイアスが負に最も強く振り込まれた左端の結果は、既報告の前例が示すのと同様にプラズモン型検出によるものですが、プラズモン型検出の感度はゲート2バイアスの上昇とともに低下傾向を示すはずであるにもかかわらず、逆に検出感度は増大傾向を示しています。この新規の現象を説明する機構として、研究グループは新たなユニポーラ型の光電熱型検出機構は下記のようなものであると仮説を立てました。(1)テラヘルツ波の照射により、そのエネルギーを吸収したグラフェンチャネル中の電子がホットになり、金属電極であるソース・ドレインの両電極に多数凝集して存在するクールな電子群との空間的な温度勾配によって、温度の低い電極に拡散移動します(これを熱拡散といいます)。
(2)ソース・ドレイン両電極が同一の金属種であれば、ドレインバイアスがゼロの場合、グラフェンチャネルと金属電極間のポテンシャル勾配はソース、ドレイン間で対象的であり、電子の熱拡散は等方的に発生します。そのため、熱拡散電子流に伴う電流成分はソース電極とドレイン電極に等しく流入するため、互いに相殺し合い、光起電圧は発生しません。(3)一方、ドレインに直流バイアスを印加すると、チャネル内にソース・ドレイン方向にポテンシャルの勾配が生じるため、熱拡散電子流はポテンシャル勾配に従って、異方性が生じ、ポテンシャルの低い電極(ドレインに正バイアスを印加した場合は、ドレイン電極)への流れが多数派を占めます。結果的に光起電圧が生じます。

その仮説を検証するために、光電熱型検出が発生したと思われるゲートバイアス条件(ゲート1、ゲート2ともにゼロバイアスに設定し、チャネル内全域に電子を充満させた条件)に設定して、ドレインバイアスをゼロから高位まで変化させたときの出力光起電圧応答波形、ならびにピーク光起電圧のドレインバイアス依存性を測定しました。その結果、ドレインバイアスがゼロの場合はほぼゼロであった光起電圧が、ドレインバイアスにほぼ比例して増加していくことが分かりました(図5)。このことは、上述の仮説を支持する結果です。これにより、得られたテラヘルツ検出応答は、従来にはない新しいユニポーラ型の光電熱型検出機構によることが明らかとなりました。
図5のピーク光起電圧をもとに内因的電流検出感度注5および雑音等価電力注6のドレインバイアス依存性を算出した結果、最大で0.3 mA/Wの検出感度ならびに166 nW/√Hzの雑音等価電力が得られました(図6)。これらの値は、これまで報告されたグラフェン・テラヘルツ検出素子を超える性能です。

今回の実験では、量産化可能なSiC基板上エピタキシャルグラフェンをもとに、標準的な半導体デバイスプロセス技術を用いて検出素子を作製しており、今後さらに性能向上を進めていけば、次世代超高速無線通信6G&7Gに用いられる、室温動作可能で高速・高感度なテラヘルツ検出素子の実現が期待されます。
本成果において、デバイス試作は東北大学が主導しました。実験研究は東北大学と理化学研究所との共同研究によります。また、本成果は、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT(エヌアイシーティー))の委託研究(採択番号#01301)により得られたものです。

【用語解説】
注1 テラヘルツ波

テラヘルツは1秒間に10の12乗回(1兆回)振動する周波数。“テラ”は基礎となる単位の10の12乗倍(1兆倍)の量を意味する(単位:THz)。テラヘルツ波は電波と光波の中間に位置する波長約10マイクロメートル(周波数30テラヘルツ)から11ミリメートル(周波数300ギガヘルツ)の電磁波。

注2 6G、7G
現行の5Gに続く次世代の無線通信規格であり、5Gの10~100倍以上の通信速度を目指し、研究開発が世界的に進んでいる。5Gで使用されているマイクロ波・ミリ波ではデータ容量に限界があるため、さらに高い周波数を持つテラヘルツ波の活用が望まれている。

注3 電子の有効質量
真空中の自由電子の(静止)質量に対し、固体中で観測される真空中と異なる見かけ上の質量。

注4 バイポーラ型とユニポーラ型半導体デバイスにおいて電荷を運ぶ担体
(キャリア)には電子と正孔(電子の空いた穴)の2種類があり、バイポーラ型デバイスは両者を用いる一方、ユニポーラ型デバイスはどちらか片方を用いる。グラフェンデバイスにおいては、ゲート電極の印加電圧を制御することにより自由に型を変えることが可能である。

注5 電流検出感度
テラヘルツ波の入射電力強度(単位:ワット(W))当たりに生成される光応答電流量(単位:アンペア(A))。

注6 雑音等価電力
素子自体から発生する雑音電力と等しい入力電力。素子が検出できる最小の入力電力を意味し、これよりも小さい入力電力の場合、素子自体の雑音に打ち消されて検出することができない。最小受信可能電力と同意であり、単位周波数当たりの電力量(単位:W/√Hz)として定義される。

【論文情報】
著者:
K. Tamura, C. Tang, D. Ogiura, K. Suwa, H. Fukidome, Y. Takida, H. Minamide, T.Suemitsu, T. Otsuji1, and A. Satou,

タイトル:
“Fast and Sensitive Terahertz Detection with an Epitaxial Graphene Asymmetric
Dual-Grating-Gate Field-Effect Transistor Structure,”

掲載誌:
APL Photonics, vol. 7, pp. 126101-1-126101-10 (2022). (Featured Article)

DOI:
10.1063/5.0122305

【問い合わせ先】
(研究に関すること)

東北大学電気通信研究所
准教授 佐藤昭、教授 尾辻泰一
電話 022-217-5821, 090-7525-7769
E-mail akira.satou.d2@tohoku.ac.jp

(報道に関すること)
東北大学電気通信研究所
総務係
電話 022-217-5420
E-mail riec-somu@grp.tohoku.ac.jp

出典:
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/newimg/pressimg/tohokuuniv-press20221215_02web_th.pdf

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