高効率な光スイッチングデバイスへの応用が期待
研究成果のポイント
- シリコンナノ共振器構造において、集光したレーザー照明光の位置をナノ構造の中心から100ナノメートル程度変位させることで、「変位共鳴」として高次のミー共鳴モードを誘起できることを示しました。
- 従来の理論では、ミー共鳴モードを操作するには入射光の波長もしくはナノ共振器のサイズを変えるしかないと考えられてきました。
- 電気を用いない低消費電力での全光スイッチングデバイスや光アンテナなどの高効率なフォトニックデバイスへの応用が期待されます。
概要
大阪大学大学院工学研究科の高原淳一教授らの研究グループは、国立台湾大学Shi-Wei Chu教授および済南大学Xiangping Li教授と共同で、単結晶シリコンで作られたナノ共振器構造において高次のミー共鳴を発生させるための新たな条件を発見しました。
これまでの理論では、ミー共鳴の共鳴モードは、主にナノ構造のサイズと入射光の波長の関係のみによって決定されてしまい、他の方法でコントロールすることは難しいと考えられていました。今回、高原教授らの研究グループは、シリコンナノ構造を強く集光されたレーザー光を使って照明した場合、照明位置を対象のナノ構造の中心に対して100ナノメートルほど「ずれ(変位)」させると高次のミー共鳴を発生できることを明らかにしました。本研究は、光と物質の相互作用に関する基本的な理論を拡張させるとともに、低消費電力での全光スイッチングデバイスや光アンテナなどのフォトニックデバイス分野への応用が期待されます。
本研究成果は、科学誌「Nature Communications」に、2023年11月8日にオンライン公開されました。
研究の背景
シリコンのような高屈折率の半導体材料の大きさが光の波長(数百ナノメートル)程度まで小さくなると、特定の波長の光に対して強い散乱や吸収を示すようになります。これは、入射光に含まれる時間的に変化する電場がナノ構造の分極振動と共鳴を起こすことで生じ、ミー共鳴と呼ばれています。ミー共鳴は特定の周波数の光信号を受信・送信できる光アンテナや、鮮やかな呈色を示す極微細なカラーパネルといったフォトニックデバイスに応用することができます。
ミー共鳴はその分極の振動の空間的なパターン(モード)によって、いくつかの種類に分類されます。分極が振り子のような単振動を示す双極子モード、構造内の半々の領域で反転した別々の分極振動を示す四重極子モード、もしくはそれ以上に複雑な分極振動を示す多重極子モードなどが知られています。共鳴のモードによって、ナノ構造から出る散乱光の方向や光の吸収率が異なるため、モードをコントロールすることでデバイスの性能を自由に制御することができます。しかし、これまではミー共鳴モードは光の波長と構造のサイズのバランスのみで主に決定されてしまい、他の方法で制御することは難しいと考えられてきました。
研究の内容
大阪大学大学院工学研究科の高原教授らの研究グループは国立台湾大学Shi-Wei Chu教授および済南大学Xiangping Li教授との国際共同研究において、シリコンナノ構造のミー共鳴モードを制御するための新しい方法を発見しました。本研究グループは、レーザーを使って照明光をシリコンナノ共振器と同程度のサイズまで強く集光した際、照明光と構造の相対的な位置が「ずれ(変位)」を示すと、多重極共鳴の励起が引き起こされることを発見し、新たな共鳴モードとして「変位共鳴 (Displacement Resonance)」と名付けました。
本研究グループは、図Aに示すようにレーザー走査顕微鏡を使ってシリコンナノ共振器の光学画像を取得し、照明位置とナノ共振機からの散乱信号強度の関係を調べました。この実験では、レーザー光をナノ構造の大きさ(100ナノメートル程度)と同じくらいの大きさになるまで高い開口度の対物レンズを使って絞り込みました。図Bに実験で得られたシリコンナノ構造のレーザー走査顕微鏡像を示します。画像では、ナノ構造と照明光の中心がぴったり重なった時に得られる散乱信号(図B (III))が小さくなり、反対に照明光が100ナノメートルほど中心からずれた位置(図B (II))の信号が大きくなるような特異な空間分布を示しました。また、図B (I)の位置では、ナノ構造に照明光があたらないため構造からの散乱信号は発生しません。このような現象は、これまでミー共鳴を測定するために広く使われてきた暗視野顕微鏡観察では見られませんでした(図C)。なぜなら、暗視野顕微鏡観察ではレーザー走査顕微鏡のように強く絞り込まれた照明光を使用しないからです。
光の散乱現象を主に支配するのは「共鳴による光と物質の相互作用」といえます。この実験はレーザー光の位置がナノ構造の中心と一致しているときは光の散乱は最大ではないが、集光スポットが構造中心からある程度離れたときに最大になるという、直観に反する結果を示しました。また、理論計算による共鳴モード解析によって、光の散乱が最大になっている位置で、高次のミー散乱が誘起されていることがわかりました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究では、集光したレーザー照明光の位置をナノ構造から100ナノメートル程度変位させることで、ナノ構造の大きさや入射光の波長を変えずとも、「変位共鳴」として多重極子のような高次のミー共鳴を誘起できることを示しました。高次のミー共鳴は、ナノ構造に高い光吸収を起こせることが知られています。そのため、本研究で発見した変位共鳴は、ナノ構造の温度上昇による屈折率変化を利用した高効率な全光スイッチングデバイスへの応用が期待できます。
学術的な面からみても変位共鳴は、平面波照射(集光していない光源)を仮定していた100年以上の歴史をもつミーの光散乱理論をさらに拡張する可能性があります。変位共鳴はミー共鳴をさまざまな用途に応用する上で基盤技術となると予想され、これにより「ミートロニクス」という生まれたばかりの新分野に大きな進展が期待できます。
特記事項
本研究成果は、2023年11月8日(日本時間)に米国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:
“Multipole engineering by displacement resonance: a new degree of freedom of Mie resonance”
著者名:
Yu-Lung Tang, Te-Hsin Yen, Kentaro Nishida, Chien-Hsuan Li, Yu-Chieh Chen, Tianyue Zhang, Chi-Kang Pai, Kuo-Ping Chen, Xiangping Li, Junichi Takahara & Shi-Wei Chu
DOI:
https://doi.org/10.1038/s41467-023-43063-y
なお、本研究は、科学研究費JP19H02630および文部科学省Core-to-Core Programの一環として行われ、国立台湾大学 Shi-Wei Chu教授および済南大学 Xiangping Li教授の協力を得て行われました。
参考URL
高原淳一 教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/3bb1f9c9f14c57d7.html
SDGsの目標
我々はシリコンという典型的な半導体材料を高い屈折率をもつフォトニック材料として用いてミー共鳴を人工的に制御し、これを構造色やフォトニックデバイスに応用する研究をすすめてきました。その中で多くの幸運がかさなり、台湾のナノバイオイメージングを専門とするChu教授らとの出会いにより国際共同研究が大きくすすみ、今回このような発見に至りました。 ミー散乱理論は100年以上前の20世紀初頭に確立された光散乱理論の古典です。ミー共鳴は我々の身近なところにもあります。典型的なのはステンドグラスの色で、赤色は金のナノ粒子によるミー共鳴によるものです。今回の変位共鳴という新しい自由度の発見によって、高次のミー共鳴の励起と制御が容易になります。これは新分野「ミートロニクス」の進歩に大きく貢献すると考えられます。
高原淳一
工学研究科
教授
出典:
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2023/20231225_2
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