ご参考:テラヘルツとは
2023年8月7日
国立大学法人東北大学
– 新しい透過型メタマテリアルでテラヘルツ波の伝播方向を広角に制御 –
【発表のポイント】
- テラヘルツ波(注1)の伝播方向を広角制御できる透過型偏向器を開発しました。
- 0.3~0.5THzの周波数帯において、世界で初めて74°の広角な偏向走査を実現しました。
- 次世代の第6世代移動通信システム(6G)(注2)をはじめ、医療・バイオ・農業・食品・環境・セキュリティなど幅広い分野での応用が期待されます。
【概要】
世界ではすでに移動通信システム5Gの次の世代「6G」を見据えた研究開発が始まっており、5G用の電波(ミリ波)よりさらに波長が短いテラヘルツ波が使用されることが明示されています。しかし、テラヘルツ波は障害物に遮蔽されやすく、その進行方向を制御して遮蔽エリアに信号を届ける技術が求められています(図1)。
東北大学大学院工学研究科の金森義明教授らの研究グループは、シリコン製のサブ波長構造(注3)で構成される透過型メタマテリアル(注4)を新たに開発し、屈折率を人工的に精密制御して空間配置する実効屈折率分布制御に基づき、テラヘルツ波の進行方向を所望の向きに変えることのできるテラヘルツ波偏向器を開発しました。開発した透過型メタマテリアルは、半導体微細加工技術を用いて作られるため小型・量産性に優れます。
本技術は、将来的にはテラヘルツ波スキャナやイメージングへの応用展開が期待でき、医療・バイオ・農業・食品・環境・セキュリティなど幅広い分野での応用も期待されます。昨年、設置した国内初のメタマテリアルを専門とする研究センター「メタマテリアル研究革新拠点」(注5)を基盤に実装化に向け、研究をさらに加速させていきます。
本研究成果は、2023年7月31日付で、米光学会誌Optics Expressに掲載されました。
【詳細な説明】
研究の背景
国内では2020年3月に第5世代(5G)移動通信システムによる商用サービスが始まりました。一方、米国、韓国、欧州、中国、日本を中心に2030年代の実用化を目指して5Gの次の世代「6G」を見据えた研究開発が始まっており、テラヘルツ波が使用されることが明示されています。テラヘルツ波は、ミリ波に比較すると短波長ゆえに障害物に遮蔽されやすく、その進行方向を制御して遮蔽エリアに信号を届ける技術が求められています。また、環境や状況の変化に応じてテラヘルツ波の伝播方向を走査または任意の向きに偏向制御する技術が求められています。これまでの周波数掃引によるテラヘルツ波の偏向制御技術は、低い電力効率と狭い偏向角度が課題でした。
今回の取り組み
東北大学大学院工学研究科の金森義明教授、大学院生の千葉滉平氏、岡谷泰佑助教、猪股直生准教授らの研究グループは、低損失誘電体のシリコン製のサブ波長構造で構成される透過型メタマテリアルを新たに開発しました。それを用いて実効屈折率分布制御に基づくテラヘルツ波偏向器を製作し、テラヘルツ波の広角の走査と高い電力効率の実現に成功しました。近年、反射型メタマテリアルを用いたメタマテリアル反射板による電波の偏向制御技術が報告されていますが、反射板自体が電波を遮蔽するため反射板の裏側に電波を送ることができませんでした。本研究では透過型の偏向制御板のため、偏向器の裏側の狙いの方向へ電波を届けること
ができます(図1)。
図2に、周波数0.4 THz のテラヘルツ波を、透過型メタマテリアルが形成された偏向器に垂直入射したときの電場分布の計算値を示します。透過型メタマテリアルを通過したテラヘルツ波は 45.5°の向きに伝播していくことが分かります。透過型メタマテリアルを形成する母材はシリコンで、サブ波長構造が周期的に配列されています。隣り合うサブ波長構造の寸法は設計に基づき異なる値にすることで、透過型メタマテリアルの実効屈折率分布を制御し、透過波の向きを変えることができます。シリコンは、テラヘルツ波を吸収しないため電力効率の高い偏向器が実現可能であり、また、屈折率が大きいため厚さ525 μmと極薄にもかかわらず広い偏向角度走査を可能とします。電磁界解析法(注6)を用いて、0.3~0.5 THzの周波数帯において35~72°の偏向走査、0.4 THzのテラヘルツ波を70%以上の電力効率で偏向可能な透過型メタマテリアルを設計することができました。
図 3 に、製作した透過型メタマテリアルの光学顕微鏡写真を示します。厚さ525 μmの単結晶シリコンにテラヘルツ波の波長よりも小さい寸法の貫通孔が、それぞれ異なる大きさで設計通りに形成されています。貫通孔は、半導体微細加工技術として確立されたシリコンの深堀りエッチング技術を用いて形成されており、高精度、量産加工が可能です。
図4に、製作した透過型メタマテリアルにテラヘルツ波を垂直入射したときの、透過波の偏向角度特性を示します。例えば周波数0.4 THzのテラヘルツ波を入射すると46°偏向することが確認できます。0.3~0.5 THzの周波数帯において34~74°の偏向走査を実現し、電磁界解析で得られた理論値の35~72°と同等の性能を得ることに成功しました。34~74°という広角の偏向走査の実証は世界初です。
今後の展開
開発した透過型メタマテリアルは、半導体微細加工技術を用いて作られるため小型・量産性に優れます。透過型メタマテリアルの母材となるシリコンは、半導体微細加工技術との相性が良く、高精度に透過型メタマテリアルを作ることができます。また、今回開発した透過型偏向器と、これまで開発されてきた反射型偏向器とを上手く空間配置することで、6G 通信において電波障害エリアがより少なくなることが期待されます。
本技術は、テラヘルツ波スキャナやイメージングへの応用展開も期待でき、6G通信技術だけでなく、医療・バイオ・農業・食品・環境・セキュリティなど幅広い分野での応用が大いに期待されます。
【謝辞】
本研究の一部は、JST、CREST(JPMJCR2102)の支援を受けたものです。
【用語説明】
注1. テラヘルツ波
光波(赤外線)と電波(ミリ波)の中間にあたる帯域の電磁波で波長は約10マイクロメートル(周波数30テラヘルツ)から約1ミリメートル(周波数300ギガヘルツ)。赤外線のように検査・分析に用いる他、波長約10ミリメートル(30ギガヘルツ)から約10センチメートル(周波数3ギガヘルツ)のマイクロ波を用いる現在の通信(5G)に続く次世代通信(6G)用の電磁波として期待されている。
注2. 第6世代移動通信システム(6G 通信)
現行の携帯電話で使われている5Gに続く無線通信システム。2030年代の商用化が見込まれている。通信速度は5Gの10倍以上の毎秒100ギガビット級(ギガは10億)が想定されている。高解像度の3D映像を触覚情報などと合わせてリアルタイムで送受信できるようになる。医療分野では遠隔での治療や診察、教育分野では臨場感のあるリモート授業が実現する。
注3. サブ波長構造
入射する光波長よりも小さな構造で構成される人工光学物質あるいはその構造。構造を制御することにより、例えば、自然界の物質には無い特異な屈折率を人工的に実現することも可能である。
注4. メタマテリアル
制御の対象とする電磁波の波長より小さな単位構造で構成され、自然界にはないような電磁波応答を示す人工光学物質。空間的な局在電場モード(光の状態密度)を自在に設計し得る最小の光共振器とも言え、電磁波の応答特性は主にメタマテリアルの形状で決まる。光共振器の設計次第で実効的な屈折率を自在に制御できる。要求に応じた屈折率を持つ光学材料を設計に基づき人工的に実現でき、負の屈折率、透明マント(クローキング)、完全レンズなどの実現可能性が示されている。
注5. 研究センター「メタマテリアル研究革新拠点」
2022年6月1日設置。拠点長は東北大学大学院工学研究科 教授 金森義明。
https://web.tohoku.ac.jp/kanamori/0meta-ric/index.html
注6. 電磁界解析法
電界と磁界に関わる現象や作用をシミュレーションにより解析する。誤動作の原因となる電磁ノイズや電力の損失などを解析・評価することが可能。
【論文情報】
タイトル:
Micro-fabricated Si subwavelength grating for frequency-domain THz beam steering covering the 0.3–0.5 THz frequency band
著者:
Kohei Chiba, Taiyu Okatani, Naoki Inomata, and Yoshiaki Kanamori*
*責任著者:東北大学大学院工学研究科 教授 金森義明
掲載誌:
Optics Express Vol. 31, No. 17, pp. 27147-27160 (2023)
DOI:10.1364/OE.492942
URL:https://opg.optica.org/oe/fulltext.cfm?uri=oe-31-17-27147&id=535793
出典:
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/newimg/pressimg/tohokuuniv_press0807_02web_6g.pdf
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