つい先日、笑いと和みと新しい思考を提供してくれる【イグノーベル賞】について書かせて頂いた。個性的な研究の数々を笑顔で楽しんだ後は、本物の本家本元ノーベル賞の発表だ。最初に発表された医学生理学賞では、京都大学の本庶佑特別教授の受賞が日本中を沸かせた。次いで発表された物理学賞は、レーザー研究で多大な功績を残した研究者たち、半世紀ぶりとなる女性の受賞者を含む3名の受賞が発表された。「光を扱う新しいツールの発明」が対象となった2018年ノーベル物理学賞。受賞した研究の研究期間は数十年と長期に渡るものだ。
レーザーを使った「光学ピンセット」の発明で受賞したアーサー・アシュキン氏が、光学的手法による微小物体の操作理論を発表したのは1970年代のことだ。その後数年で初の実験を行い、顕微鏡下で微粒子を光線照射によって3次元的に補足することに成功し、1980年代にはタバコモザイクウィルスや大腸菌を使って、光ピンセットを生物学に適用する実験も世界で初めて行っている。
光が物体を動かす、と言われてもピンとこないかもしれない。日常生活には勿論光が溢れているが、電気を付けたらテーブルの上のコップやペンが移動を開始した、なんてことになったら、それは一種のポルターガイスト的な怪奇現象だと思われても仕方がない。が、そんな場面はホラー映画系のものでしかまずお目にかかれない。光ピンセットは、超極小の物体、ナノメートルからマイクロメートルサイズのウィルスや菌、細胞を動かす為の技術だ。大きな物体には作用しない力も、極小の物体には十分すぎるほどの効力を発揮する。肉眼では見えず、手でつまみ上げることもできない、これらの極小物体にレーザーを照射することで、傷つけずに掴み、移動させ、摘み上げ、固定することができるこの技術は、生物学やマイクロマシニングの分野を飛躍的に発展させる大きな原動力となってきた。
同時受賞となったジェラール・ムルー、ドナ・ストリックランドの2人は、「強力なパルスレーザー/チャープ・パルス増幅(CPA)を開発した」功績による受賞だ。CPAが開発される以前は、レーザーパルスを強力にしようとすると光を増幅させるための装置が壊れてしまうという問題を抱えていた。この課題に対し、ムルー、ストリックランド両氏は、レーザーパルスを時間的に引き伸ばしてピーク強度を下げ、その状態から増幅・圧縮させる方法を開発した。時間的に圧縮され短くなったパルスレーザーは、小さな空間により多くの光を詰め込むことができるようになり、パルスの強度を飛躍的に高めることが可能になった。
この技術は身近な所で大いに活用されていて、視力矯正手術(レーシック手術)や緑内障手術はCPAの開発によって可能になったものだ。また、この超短パルスレーザーは超高速で発生する物理現象を時間分解して測定したり、AIDや肝炎のウィルスを健康な細胞に悪影響を与えることなく粉砕する研究などに活用されている。
また、今回の物理学賞はその研究内容だけでなく、約半世紀ぶりの女性の受賞者となったドナ・ストリックランド氏にも注目が集まっている。日本での物理学専攻の男女比は約3:1。世界的に見ても大きな差は無いようだ。圧倒的に男性の比率が高い学問であることは事実だ。とはいえ過去には2度の受賞の栄誉に浴したキュリー夫人のような女性受賞者もいる。今回のストリックランド氏の受賞が、理系の道を進む女性が増える良い機会になるかもしれない。
授賞式は12月10日、現地時間午後4時30分から行われる予定だ。
参考
*Tech Crunch
ノーベル物理学賞はレーザーを飛躍させた3人に――女性の物理学賞はこの半世紀で初
https://techcrunchjp.files.wordpress.com/2018/10/2018-10-03-physics-nobels.jpg?w=738 (Top画像)
https://techcrunch.com/wp-content/uploads/2018/10/CPA.png (図2)
*BBC News Japan
https://www.bbc.com/japanese/45728281
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/f/f2/Generic_Optical_Tweezer_Diagram.jpg/400px-Generic_Optical_Tweezer_Diagram.jpg (図1)
執筆者:株式会社光響 緒方