磁気テープの光アシスト磁化反転と、 テラヘルツ光による超高速磁化応答の観察に成功

1. 発表者:
大越 慎一 (東京大学大学院理学系研究科 化学専攻 教授)
井元 健太 (東京大学大学院理学系研究科 化学専攻 特任助教)
生井 飛鳥 (東京大学大学院理学系研究科 化学専攻 助教)
吉清 まりえ(東京大学大学院理学系研究科 化学専攻 特任助教)
宮下 精二 (東京大学大学院理学系研究科 物理学専攻 教授)
加藤 康作 (大阪大学レーザー科学研究所 特任研究員)
中嶋 誠 (大阪大学レーザー科学研究所 准教授)

2.発表のポイント:
◆光アシスト磁化反転に伴うファラデー回転現象と、フェムト秒テラヘルツパルス光に同期して瞬時に磁化が応答する超高速現象をファラデー回転で観測しました。
◆イプシロン酸化鉄フェライトにおける光アシスト磁化反転の観測は初めてです。また、磁化のテラヘルツ光への応答は 400 フェムト秒という例がない極めて短い時間に起こってい
ました。
◆磁気媒体の記録密度を引き上げる新しい書き込み方式や、テラヘルツ光利用による低負荷超高速演算子デバイスの開発につながると期待されます。

3.発表概要:
東京大学大学院理学系研究科化学専攻の大越慎一教授、同物理学専攻の宮下精二教授、大阪大学レーザー科学研究所の中嶋誠准教授らの共同研究グループは、イプシロン酸化鉄および金属置換型イプシロン酸化鉄からなる磁性フィルムにおいて、ナノ秒可視光レーザー誘起の磁化反転と、テラヘルツ(THz)パルスレーザー照射による超高速磁気光学効果の観測に成功しました。ナノ秒可視光レーザーを磁性フィルムに照射するとファラデー効果の符号がスイッチングし、光アシスト磁化反転が起こることが観測されました。また、磁性フィルムにパルスTHz光を照射すると、ファラデー回転が400フェムト秒(fs)という極めて短い時間で起こることが分かりました。これらの超高速磁気光学効果の時間ダイナミクスは、理論的にもデモンストレーションされています。これらのイプシロン酸化鉄磁性ナノ材料は、高密度磁気記録媒体または高速動作回路磁気デバイスに貢献することが期待されます。
本研究は、米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載されます。

4.発表内容:
ビッグデータ時代の高密度記録システムの開発には、機能ナノ材料の研究が不可欠です。磁性材料の研究は磁気記録システムに使えるため魅力的であり、特に、高保磁力の磁性ナノ粒子は磁気テープなどの磁気記録媒体にとって重要です。このようなニーズから、イプシロン酸化鉄(ε-Fe2O3)は、保磁力が大きく、サイズを 8 ナノメートル(nm)以下に小さくできることから、次世代の磁気記録用の磁性材料として注目されています。現在、磁気記録技術の記録密度はその限界に達しており、磁気記録の分野ではいくつかの次世代書き込み方法が検討され始めています。 磁気記録媒体の記録密度を高めるために、光または電磁波でアシストする磁気記録が可能性のある解決策と考えられています。そのため、イプシロン酸化鉄において光または電磁波でアシストする磁気記録が実現できれば、次世代の高密度磁気記録につながると期待されていました。

(1) ナノ秒レーザーによる光アシスト磁化反転
本研究グループは、ε-Fe2O3の鉄イオンの一部を三種類の金属イオン(ガリウムイオン、チタンイオン、コバルトイオン)で置換した ε-Ga0.27Ti0.05Co0.07Fe1.61O3(以下、GTC 型イプシロン酸化鉄と呼びます)を合成し、磁気テープに用いられる樹脂を用いて磁性フィルムを作製しました(図1)。作製した GTC 型イプシロン酸化鉄フィルムにおいて、磁化が反転しない程度の外部磁場を印加した状態で、ナノ秒可視光パルスレーザーを照射すると、磁化が反転することがファラデー効果を用いて観測されました。この結果は、GTC 型イプシロン酸化鉄の磁性フィルムで光アシスト磁化反転現象を実証したことを意味しています(図2)。イプシロン酸化鉄フェライトにおける光アシスト磁化反転の観測は初めてです。

(2) フェムト秒テラヘルツパルスに同期して瞬時に応答する超高速現象
イプシロン酸化鉄(ε-Fe2O3)についても同様に磁性フィルムを作製し、高強度の THz パルス光を照射する実験を行いました。無磁場下で磁性フィルムにTHzパルス光を照射すると、THzパルス光に同期して瞬時に磁化が傾き、THz パルス光が通過すると同時に元に戻る様子が観測されました(図3)。磁化の応答はファラデー効果によりモニターされ、400 フェムト秒(fs)という極めて短い時間で起こっていました。すなわち 1 ピコ秒よりも短い時間で書込/消失ができるということになります。これらの超高速磁気光学効果の時間ダイナミクスは、理論的にもデモンストレーションされています。

本研究では、イプシロン酸化鉄磁性フィルムにおいて、光照射により磁化反転をアシストすることで、保磁力の大きなナノ粒子でも書き込みが可能であることを明らかにし、次世代高密度磁気テープ記録方式の可能性を示しました。また、本研究で観測したテラヘルツパルス超高速磁化応答は、1 ピコ秒未満で書込/消失ができるため、これを用いると繰り返し周波数がテラヘルツである高速な演算が実現できます。照射するテラヘルツ光強度と位相をデジタル的に離散的に制御することにより、−2、−1、0、1、2 といった、量子数(l) = 2 に相当する演算や n 進法などの多進法の演算も実現可能であることを示唆しています(図4)。

本研究成果の一部は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術開発機構(NEDO)先導研究プログラム「エネルギー・環境新技術先導研究プログラム」における研究課題「磁気テープにおけるミリ波記録方式の開発研究」(研究代表者:大越慎一)の一環として行われました。

出典:http://www.ile.osaka-u.ac.jp/ja/wp-content/uploads/2019/01/20190116_Press-release.pdf